第165話 桜花恋歌 その24

文字数 842文字

若様と呼ばれたあの少年は角田先輩だった。

なぜ、今まで忘れていたのか。
確かに嫌な記憶ではあった。

俺自身が記憶を封印していたのか?
いくら嫌いな記憶でも、一緒に蝉のお墓を作ってくれた先輩の事まで忘れられるものなのか。

眼は完全に冴えてしまった。
俺はベッドから降りないで目を閉じてじっとしていた。
前回の事も有る。また、学校でリタイアするのだけは避けたかった。

それでも眼を閉じていれば夢の中には入っていけた。
俺はその浅い眠りの中で開成南に入学した日から今日までの短い夢をランダムに見ていた。
でも、微妙に体験した事と違う。時には会話する相手のセリフさえ全く違っていた。

夢の中だと自覚するに足る夢。
浅い眠りのまま、朝を迎えた。

部屋のドアの入り口に立つ姉の罵声で目が覚めた。
ドンドンドンと壁をたたく音とともに姉が言う。

「かなめ!いい加減起きなさいよ。
 デンワよー、電話!田森って人から電話なんですけど」

『たもり?誰だ……!』
ガバッとベッドから起き上がって飛び降りた。

呼びに来るって事は当然、固定電話だ。
姉から子機を受け取って電話に出る。

「はい、高森要です」
「おはようございます。角田家執事の田森と申します」
 うん、知ってる。

「当家の子息、護様でございますが、本日学校をお休みさせていただきます」
「そうですか。先輩の具合はいかがですか?風邪でもひいたんでしょうか」
「いえ、ただ一言、気分がすぐれないと仰って……」

その言葉を聞いて俺は無性に先輩の家に行きたくなった。

「当分、誰にも会いたくないと仰っておいでです」
「えっ、あの、お見舞いも……ダメですか?」
「はい、申し訳ございませんが」

ああっ、俺、完全に先輩に嫌われたかも……。
俺は、執事の言葉に落胆した。

こんな事、初めてだ。
一体、どうすればいいんだろう。

要件を告げると電話は切れた。
ようするに『今日は迎えに行かないから了承してくれ』という内容だった。
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