第87話 先生のフィアンセ その11

文字数 786文字

「それでですね」
「お前、今、俺が言った事、聞いてたか?」
「聞いてましたよ」
「だったら」

弘明ははっとして義之の手を見た。
リミッターの指輪が一つもはまっていない。
「ははーん、そういう事か。今、俺の思考はお前に駄々洩れなわけだ」
「そうですよ。だから聞いてください」
「わかった聞くだけ聞いてやる」

「実は、私、養子をとろうと思うんですが」
「はぁ?お前、正気か?」
「正気です」
「2356+4824=」
「7180です。だから、正気ですって」
「3624ー1987=」
「1637です。だから、正常ですって」
「……相変わらず見事な暗算能力だな」
「褒めてもなにもでません」
義之は面白くなさそうな、むすっとした顔で弘明を睨む。
二人ともまだ25歳だ。子供はおろか。結婚すらしていない。

「結婚が先だろ。彼女作って結婚しろ」
「婚約者はいます」
「ホントか?すごいじゃないか」
「でも、さっき婚約を破棄されました」
「はあっ?お前」
「痛、痛、いたったたった」
弘明はテーブル越しに身を乗り出して義之のほっぺたをつねった。
「お前、今すぐ謝ってこい」
「あやまる?何で」
「何でじゃない。どうせ原因はお前だろ」
概ねその通りなのだが義之にその気はない。

「そうですけど、謝るつもりはありません」
「何で」
「何でって、悪いと思ってないから」
「はいっ?」
「お前ねー、お前と結婚してくれる奇特な女、彼女だけかもしんねーぞ」
「大丈夫ですよ。なるようになります」
「はあぁーっ、何なんだ。その根拠の無い自信」
「その言葉、生徒にも言われました」

少し間をおいてから義之は言った。
「それより聞きたいのは、養子の件についてなんですが」
義之の余りに真摯な双眸に思わず息を飲む。
「まじめなアドバイスが欲しいのですが」
「……わかった。順追って最初から話せ。解る範囲で答えてやる」
言い出したら聞かない義之の性格だ。
弘明は何を言っても無駄だと理解していた。
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