第389話 アナザー 要と護 その2

文字数 627文字

『たかもり』
 耳元で声がした。
 ああ、誰だ?折角いい夢だったのに。
 穏やかな波間に小魚の群れを追いかけて。


『たかもり』
 うるさいな。もう少し寝ていたい。
 びっくりしたハリセンボンがプーとふくらんでよたよた泳ぎながら逃げていくのを見て。

「たかもり」
 鮮やかな色の海藻の林をよけて泳ぎながら。

 玲瓏(れいろう)たる声音が耳に響いた。
 俺は半分だけ目を開けた。

 俺の顏を心配そうにのぞき込む黒曜石の瞳がすぐそこにある。

 驚いて瞬きする俺の隣で角田先輩はゆっくりと体をおこし。
 乱れた前髪を緩やかにかきあげた。
 えっ、俺のとなりで……?
 先輩の動きにそって俺の上にかかっていた掛け布団がずれた。

「よかった。高森」
 浴衣の裾を直し正座して先輩は言葉を紡いだ。
 えっ、よかった?

「あの、俺、なんかよく覚えてないんだけど」
 なんで先輩と一緒に寝てるんだ。昨夜一体何があったんだ。
 脳内パニックになってる俺はひたすら動揺を隠し布団から身を起こした。

 先輩は起き上がった俺をひしっと抱きしめた。
「眼が覚めてよかった。ほんとによかった。一時はどうなる事かと思ったよ」

 ボッと顔が赤くなり先輩の両肩ガシッと掴んで思いっきり引き離した。
 たぶん、今の俺は耳まで赤いに違いない。
 驚いた様子もなく先輩は言葉を続けた。

「高森、お腹へっただろう?何か食べる?」
「いえ、あの」
 同じ布団で寝ているこの状況を世間では同衾というのではないのか!

 何も記憶がない。
 ここはどこだ? 遊園地でも家でもない。
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