第246話 アナザー 二人の高森 その54

文字数 867文字

 白いカッターに黒いズボン開成南の制服を着た二人の先輩。
 スーツ姿に銀縁眼鏡をかけた菊留先生。

 この世界こそが自分の居場所だ。
 叱るような厳しい声音なのに俺は声をかけられてほっとした。

『……せんせい』
 魂だけでも涙って出るらしい。
 涙が頬を伝い落ちてゆく。

「高森君、なぜ、体が一緒じゃないんですか。君の体は無事なのですか?」
『……わかりません』

「一体何があったのですか?」
『俺、あっちの世界で多岐っていう不良に刺されました』
「刺された?」
「……まさか」

 角田先輩は声を詰まらせた。
 見開かれた両目。引き結ばれた口元。
 先輩は両手で顔を覆い体がゆらりと傾いだ。

「角田!」
 支えてくれた佐藤先輩の手を振り払って、
 角田先輩はよろめきながら壁にもたれかかり目を閉じた。

「……まさか、死んだんじゃ」
 顏を手で覆って先輩は小さく呟いた。

 思わず駆け寄った。
 地面に足がつかない。
 ついた瞬間、体がボールみたいにはねる。
 まるでスプリングの効いたベッドの上をあるいているかのようだ。

 羽のように軽く、重力を感じない。
 意識しないと同じところに留まるのが難しい。
 それでも何とか努力して先輩のそばに立った。

 肩にさわろうとして輪郭を通り抜ける指先。触れる事はかなわない。
 木霊と対峙したときと同じだ。あの時は先輩の方が幽体だった。

 先生は先輩の肩に手をかけ体を揺さぶった。
「角田君。しっかりしてください」
「……だって、先生、幽体の高森がここにいるって事は」

「大丈夫です。落ち着いて、角田君」
『先輩、そんなに心配しないで。俺、たぶん大丈夫だから』

 俺はニコッと笑って先輩に声をかけた。
 ただ、安心させたくて。

「高森、大丈夫なわけない!なんでこんなことに」
「角田君、高森君の足元、見えますか?」

「……はい」
「ロープのように生命エネルギーが後ろに伸びてますよね」

「……はい」
「まだ、それがあるなら、彼の魂は体とつながっているという事です」
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