第347話 アナザー 護の笑えない理由 その31

文字数 598文字

 先輩は感極まったというふうに言葉を詰まらせた。
 一年もの間、封印していた感情が涙と一緒に湧き上がってきたのか。
 眼を閉じて両手で口元を抑えた。
 感情を抑えきれなくなり、堰をきったように先輩は泣き出した。
 切れ切れの嗚咽が弓道場に響く。
「よく我慢したわ。辛かったわね。」

 夢見は側にいて俯(うつむ)いた先輩の髪を優しくなで続けている。
 しばらくして先輩の嗚咽が聞こえなくなった。
 ゆっくりと顏をあげた彼に夢見は言った。

「護。気が済んだ?」
「……はい」
「よかった」
 涙を拭って先輩は頷いた。

「では、私はあちらに帰ります、高森様。よろしくお願いします」
 俺は頷いて夢見を彼岸へ返すための呪を唱えた。
 一瞬の光芒を放ち彼女は彼岸へと帰って行った。
 弓道場に静寂が訪れた。

 術が成功したことに俺自身が驚いていた。
 見よう見まねで呪を唱え仕草をまねただけにすぎない技が
 いとも簡単に成就するとは思ってなかった。

 さっきから試したことはすべて成功している。
 俺がおかしいのか?こちらの世界がおかしいのか?

「……お前は霊能者なのか」
 匠は驚愕して俺を見た。
「俺はそんなたいそうなものじゃない」
「話には聞いていたが、実在するとはな」

「だから、さっきから言ってるじゃないですか。
 俺は高森要。ただの学生だと」

 俺は匠の言葉を再び強く否定した。
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