第293話 アナザー 二人の高森 その101

文字数 667文字

 一時間後、菊留 義之と一ノ谷 正人は、探偵事務所の応接間のソファに向かい合って座っていた。

「最低だな。私は……。」
 しばらく沈黙が続いた後、正人は小さく呟いた。

「裕也君、弟さんに似てますね。
 猫っけの髪、二重の瞳、笑うとかたえくぼが出る所なんかよく似てる」
 義之の言葉に正人はびくりと反応した。

「そうだな……にてる」

 出会った時から思っていた。
 その面差しが、なんと悠斗(おとうと)に似ている事か。
 弟が成長していれば、まさしくこんな感じだったに違いない。
 だから側にいてくれると嬉しかった。まるで弟が返ってきたようで。
 故にずるずると今の関係を続けてしまった。
 過去の記憶に苛まれて、両腕を抱え震えている正人に義之は言った。

「もういい加減、ご自分を許してあげてはいかかです」
「許す?どうやって許すって言うんだ」

「弟さんが亡くなってから10年も経っている。もう許されてもいいのでは」
「許せるものか。自分の不注意で悠斗は命を落としたんだ。今回だって」

 義之が来なければ同じ事が起こったかもしれないのだ。

 義之はソファから立ち上がった。
「……今日の所は帰ります。おじゃましました」
 一礼して正人に別れを告げた。
 彼の悲嘆は深い。震えの収まらない正人をみて、今日、相談事をもちかけるのは無理だと思った。

「……いや、受ける。何か相談があってきたんだろう?
 少し待ってくれ。気分が落ち着けば話を聞くから」

 弟がいなくなったあの日から彼の中で時間は止まったままだ。
 応接室のソファに座りなおした義之は所在なげに下を向いた。
 部屋の中にしばし、静寂が訪れた。
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