第292話 アナザー 二人の高森 その100

文字数 573文字

「裕也君、ケガはないか」
 三人は廃屋から離れて駅へ向かって歩いていた。
 駅が近くなってから今更のように正人は裕也に尋ねた。

「大丈夫です、先生」
「よかった」
 彼は心底安心したと言うふうに呟いた。

「あの、一ノ谷先生」
「なんですか?」
「僕の事、裕也って呼んで下さい」
「え?どうして?」
「さっき、そう呼んでくれたじゃないですか」
「ああ、あれは焦ってとっさに、……」

 正人は急に怖い顔になった。

「裕也君、君はどうしてあそこにいたんだ?私は君にこの話をしてなかったはずだが」
「それはあの、事務所にメモがあって」

「裕也君。退魔の依頼の時は君についてきてほしくない。
 今日みたいな目にあって君がもし命を落としたら私は君の両親にどう申し開きしたらいいんだ」
「一ノ谷君」
「義之は黙ってろ。これは裕也君と私の問題だ」

「……先生、ごめんなさい。僕、あの」
 正人にしかられて俯いた彼は目に涙をためている。
「……ともかく今後一切事務所に来ないでくれ」
 正人の態度はそっけない。
「先生……」
 正人のにべもない態度をみて、一礼した裕也は黙ってその場を去って行った。

「手厳しいですね。他に言いようもあるでしょうに」
「……もっと早くこうすべきだった」
 消え入るような声で呟く正人の横顔を見て、義之はため息をついた。
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