第257話 アナザー 二人の高森 その65

文字数 946文字

「……正直、コイツが羨ましかった」

 (オレ)は喉奥から絞り出すような声で呟いた。
 俺の頭の中に(オレ)の思考が流れ込んでくる。

 オレはどんな出来事もクリーンに考えられる高森 要(コイツ)がとても羨ましかったんだ。

 でも認めたくなかった。
 オレの本音をさらけ出させた(コイツ)日記(ブログ)を否定しないと。
 心が負けそうで、折れそうで……。

 だからわざわざ口に出して言った。
「コイツはつまらない奴だ」と。

「……先生、オレ、コイツみたいに生きれるのかな」

 彼は菊留先生に向き直り、ポツリとそう漏らした。

「君次第じゃないですか?だって、君も高森 要君なんでしょう?」
「……うん」

 泣き笑いのような顔で(オレ)は俺達三人を見ていた。
 俺は二人の先輩のそばから離れ、彼の後ろに移動した。
 歩こうと思わなければすんなり移動できる。

「ほらっ、角田、出番だろ」

 それが合図だと受け取った佐藤先輩は角田先輩の脇腹を肘で突っついた。
「ちょっと、突っつかないで下さいよ」

 先輩は照れ気味にそう言うと緩くウエーブのかかった前髪をかき上げ、
 コホンと一つ咳ばらいをして、ややひきつった笑顔を浮かべた。
 ぎこちない動作で(オレ)の前に。

 嗚呼っ、先輩、そこはいつもどおりの普通の笑顔でお願いします。
 そんなに緊張しないで。
 先輩ったら、右手と右足、左手を左足が同時にでてますよ。
 はらはらする俺の気持ちとはぜんぜん違って、(オレ)は眼をまんまるにしてその様子を見ていた。

「高森 要。あの、えーっと」
「……なっ、なんだよ」
 先輩はすっと両手を(オレ)の襟元にもっていった。

「服装の乱れは心の乱れだ。僕はそんなカッコしてる奴と一緒に歩きたくないぞ」

 言いながら着崩したカッターシャツのボタンを一つ一つ丁寧に留めていく。
 その様子を見ていた佐藤先輩は「ぷっ」と噴出した。

「角田、お前、緊張しすぎー。学園一のプリンスが、おっかしーはっははは」
「笑わないでくださいよ。ったく、もう」

 二人の会話に釣られて(オレ)も笑っていた。
 マシュマロがとろけるような。春の日差しにも似た優しい笑顔で。
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