第7話

文字数 660文字

菊留先生に促されるまま、俺はこれまでの事情をかいつまんで説明した。
入学からひと月は菊留先生の授業があったこと。
いきなり菊留先生がいなくなり国語の先生は逢坂先生になった事。
授業が朗読ではなく俺の知らない内容で、前の授業の続きだった事。
つい一週間前にファミレスで先生にあったけど、教師ではないと全力否定された事。

そして俺はカバンを開けクリアファイルにしまっていた唯一の証拠品を先生に提示した。

「先生、これがその時もらった名刺です」
「ふむふむ、ほんとに菊留義之って書いてある。なんとも摩訶不思議な話だね~」

先生はのんびりとそう言いながら背広の内ポケットを探りスケジュール帳を取り出した。

「一週間前、開校記念日だね……」
「おれ……ほんと、どうしていいか、解らなくて……」

どんより暗い俺の口調とは裏腹に先生の間延びした声

「あーっ、君と会うのは無理、その日は奥さんと一緒に、のとろ温泉行ってたわ」
「えーっ、先生、既婚者だったんですかー?」

途中で余計な口を挟む角田先輩、深刻なムードが一気に霧散した。

「私、既婚者ですよー、ほら、あっ」

先生があげて見せた左手の薬指に結婚指輪がなかった。

「わーっ、どうしよう、いつの間になくなって……これって奥さん怒りますかね」
「怒るでしょう、ふつう」

ぷっと噴出した。緊張がほぐれた。

そういえば、銀行マンの菊留氏の左手には結婚指輪があった。
静かな物腰、真面目そうな口調、人間、職場が変われば、こんなにも雰囲気が変わるものなんだろうか。

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