第56話 菊留先生の憂鬱 その22

文字数 1,055文字

速い。

二・三段跳びに階段をかけ降りる智花は背後から追ってくる先生を気にしつつそう思った。
実体を伴わないので体重はほぼないに等しい。
天井や物陰あらゆる所に逃げて見せるがどこに逃げようと菊留先生は確実に追ってくる。
姿が見えてるわけでもないのにたいした察知能力だ。
そして先生は智花を見つけると「顕現」と呟き指先で呪を投げつけてくる。
投げつけられた場所は、霊体、幽体がその空間にいる時だけ凡人にも見えるようになる。

『なんなのよ。あの担任、もう信じらんない』

幽体である智花は今はとても早く空間を移動できるが、菊留先生も負けてはいなかった。
飛ぶように走る智花を追い抜いて先生が目の前に立つことすらあった。
放課後の平日、あらゆる教室や運動場、体育館は部活をする生徒で埋めつくされてるので、
そうそう人に姿を見られるわけにもいかず逃げ場を失った智花はようやく自分の体のある
カウンセリングルームに戻る事にした。

目の前にいる先生を避けてホップ・ステップ・ジャンプの要領で部屋に飛び込むと目を疑う光景が広がっている。

部屋の隅に片づけられた机と椅子、そして部屋の中央に佐藤仁の姿がある。
彼はマジシャンのようにスッと片手を前へ伸ばし(たなごころ)を天井に向けて立っている。
その手のひらの上に光り輝いて浮かび上がった自分の体があった。
仁の肩より高い位置でふわりと体全体が空中に浮いており長い髪は床に落ちずゆらゆらと宙にゆれている。

仁の手は智花の体を支えてさえいない。明らかに数センチ離れている。
水のはったプールに浮かんでいるような錯覚さえ覚えるそんな不思議な光景だった。
勢いがついていたのでそのまま幽体の智花は体の中に飛び込むしかない。

ストンと収まった瞬間、纏わりついていた光が消えて、
浮力を失った体は突然重力が戻ったかのように、床に落ちかかった。
仁は両腕を伸ばして智花を受け止め、お姫様抱っこを試みるが、体の重みに耐えきれず床に倒れこんだ。何もかもが映画の様にとはいかない。

お姫様抱っこを完成させようとすれば抱き上げる方は相当な腕力を必要とする。

「痛っ……重っ、はやくどいて、智花、お前体重いくらあるんだよ。」

智花の下敷きになった仁が言う。

「なっ!失礼ね、私は153センチ48キロ理想体重よ、太ってないんだから」

慌ててその場を飛びのきながらも智花は仁にくってかかる。
カウンセリングルームに遅れて入ってきた担任は黙って静かに二人のやり取りを聞いていた。
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