第141話 わらし その3

文字数 1,291文字

「イヤよ、ついてこないで。あなた、一体なんなの」

じりじりと距離を詰められる恐怖。
泉は、ぱっと踵と返すと子供のそばをすり抜けて走って逃げる。
性懲りもなく追いかけてくる子供を気にしながら図書館の正門の方へ周りそこで人とぶつかった。

「おっと、大丈夫ですか、泉さん」

腕を支えられた。態勢(たいせい)を整えてぶつかった相手を見る。

「菊留先生!」
ほっと気が緩んで涙がでてくる。

「よかった、先生、アレ」
先生は背後を気にする泉に(ささや)いた。

「泉さん、見えない、聞こえない、気づかないふりをして下さい」
「はい、先生」
「アレは本来、君たちには見えないもの。このままやり過ごしましょう。」

先生はそういうと二本口元に指を立て呪を唱える。
天地開闢(てんちかいびゃく)の理よりて、居並ぶ精霊に申し述べる。
 見えざるモノを彼岸に返せ、還元」
そのまま右手を後ろに払う。

途端に空気が変わった。
ぐにゃりと空間が歪み、見えるはずのない風景があたりを包む。
そこは一面の花畑ですぐそばに透明で綺麗な川が流れている。
その岸辺で一人の女性が手を振っている。

「ムロイー、どこなの、一緒に帰ろう」
その声に反応して子供はゆがんだ空間の中に躊躇(ちゅうちょ)なく入っていった。

「おかーさん、あのね、あのね、お姉ちゃんと遊んでたんだよ。
 僕の事、気味悪がってたよ。ちゃんと予言してあげたのに変なの」
 そう言って子供はキャラキャラと笑う。

「そう、遊んでたの、人間ってそういう生き物よ。ほんとにしょうがない生き物よね」
「ほんとだねー」
「もう、からかってはダメよ。
 人間は先の事を知りたがるくせに、教えてあげるとすぐ否定するのよ」

岸辺から遠ざかる二人の会話を聞きながらなるほどと思う。
古今東西、予言者は迫害を受けたり殺されたりしているのだ。

人間でなければなおさらだろう。
「早くとらんと何されっか、わからんぞ」
あのおじさんはそう言った。人間がそのわらしと呼んだ何かを忌み嫌ってきた証だった。
あの子供が、自分の命を救ってくれたのだとしたら申し訳ないことをしたと思う。
「封」先生が再度唱えると彼岸の入り口は消え失せ元の空間に戻った。

「はぁっ、間に合って良かった泉さん。
 角田君からメールを貰って急いでこっちに向かったんです」
「ありがと、先生、アレ、何だったんでしょう?悪いものだったんですか?」
「わかりません。でも泉さんの思った通りだったんじゃないんですか。」

先生はただ笑って答えを言わない。
泉と違ってもっとたくさんの見えざるモノを見てきた先生には善と悪。
白と黒の決着をつけることはとても難しい事なのかもしれなかった。

「中に入りましょうか、泉さん。角田君がシビレを切らしてるかもしれません」
先に立って歩きだす先生の後姿を見て泉は小さく呟いた。

「ありがとう、わらしくん。君のおかげで泉は元気に生きてるよ」
『どういたしまして』

爽やかな一陣の風と共に子供の声が響く。
キャラキャラとした笑い声とともに。

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