第341話 アナザー 護の笑えない理由 その25

文字数 763文字

「やめて、兄さん。高森を殴らないで」
「くっ……とんだ暴力兄貴だな」

 両手をついて上体を起こそうとする。
 匠は片足で俺を踏みつけ上から見降ろして言った。
「お前も暴力を振るおうとしただろ。お互い様だ」
 優越感に浸った声が耳朶に響く。
 つくばった右手を足で踏みつけ穴でも開けるかのようにぐりぐりと床に抑えつけてくる。

 傷みと衝撃で起き上がる事ができない。
 匠は俺が立ち上がれないのを見て取りそばを離れると床に座り込んでいる先輩に近づいた。

「立て。護」
 命令口調だ。先輩は立ち上がろうとしない。
 匠は先輩の胸倉を掴んで無理やり立たせた。

 半端ないビンタが頬に飛んで吹っ飛んだ。
 壁に叩きつけられそのまま崩れ落ちる。
 暴力は日常茶飯事なのか。
 こんな状況でも使用人たちはやってこない。

「気絶したか。ふん。この程度の事で、相変わらず心も体も弱い奴だ」
 俺はその言葉を聞いて頭にカッと血が上った。
 自分が殴られるより人が殴られる方がずっと心が痛い。
 本格的に格闘技を習わなかったことを後悔した。
 いざとなれば守りたいものも守れない。俺はこんなにも非力だ。

「弱い人間は角田家にはいらない」
「……ざっけんなっ。兄弟なら何をしても許されると思うなよ!」

 ゆっくり立ち上がり、まともに匠とにらみ合った。

「よくも、よくもこんな事できますよね」

 握った拳がぶるぶると震える。
 意味もなく振るわれる暴力。
 あまりにも理不尽だ。

 何も知らないくせに。
 先輩の心根が弱いだと。むしろ芯が強いと思う。
 彼が自分の能力を封印しないのは、蔑ろにされる動物たちを助けるためだ。
 能力を封印すれば助けの必要な生き物の声も聞こえなくなる。
 それを防ぐためにあえて能力を封印してないのだ。
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