第279話 アナザー 二人の高森 その87

文字数 869文字

 翌日、出された病院食を平らげ、濡れタオルを貰って体をふいた後。
 新しい病衣に着替えた要は泉が差し入れてくれた本を読む事にした。
 リモコンで操作しベッドを起こして目の前にベッドテーブルをおいて
 本のページをめくる。中国悪女列伝。丸締書房で出版されている本だ。

 古代中国、周の時代。
 国を傾けた美女がいた。
 名を褒姒(ほうじ)と言った。
 彼女は半分人間ではなかった。
 神龍の泡より変じたトカゲと後宮にいた七歳の童女が交わった末できた子供だと言う。
 周時代末期、時の皇帝 厲王(レイオウ)は賢臣であった周公や召公らの諫言を退けて暴政を行った。

 民衆が苦しみ天に怨嗟の声が満ちる頃。
 彼女はうまれたという。
 腹に宿って実に八年もの歳月が流れていた。
 母親である少女は気味悪がってこの赤子を捨てた。

 そのころ巷間に「山桑の弓に箕(み)の箙(えびら)周の国が亡びよう」という童謡がはやっていた。民衆は周が滅びる事を望んでいたのだ。
 時の帝 宣王は「山桑の弓に箕の箙」を商うモノを国中探し回った。
 捉えた夫婦を殺害しようとして逃げられた。
 逃亡途中に夫婦は捨て子を拾った。

 見目麗しい赤子である。不憫に思い逃亡先の(ほう)で育てる事にした。
 少女は美しく成長した。それはそれは近隣に鳴り響くほどの美貌であったという。
 その美しさは周の皇帝 幽王の耳にも入った。
 この王は歴代皇帝のご多分に漏れず大変な暗君だった。
 酒色に溺れ、諫める家臣を殺し、贅沢は留まる所を知らない。

 あるとき褒の国に罪人がでた。
 それを理由に幽王は挙兵し褒国に攻め入った。
 攻められた褒国公は好色な帝に美貌の少女を差し出して許しを請うた。
 褒から来た少女は褒姒とよばれた。幽王3年の治世の事である。

 そこまでページをめくって、高森要は読んでいた本をぱたりと閉じた。

 ノックをしてはいってきた泉に眼を転じる。
 学校に行く前によってくれたのだろう。
 泉は学生服を着てスクールバッグを肩から下げている。
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