第285話 アナザー 二人の高森 その93

文字数 496文字

「裕也君。はやく外にでなさい」
「先生」
「はやく」

 正人は早口で彼を急き立てた。
 今日はほんの下見のつもりで護身用の岩塩を一つもっているのみだ。
 まだ、怪異の原因をつきとめていない。
 この館にどんな「もののけ」が潜んでいるのかわからないのだ。
 いざとなったら裕也を守る術がない。
 正人は焦った。

 不安は的中した。
 パンッと家鳴りがした。
 同時にまわりに正人と裕也の姿がいくつも現れた。
 鏡面結界だ。ミラーハウスの中にいるような錯覚。
 無数に分かれた自分の姿。

 フイに裕也の体が空中に浮いた。
 じりじりと天井に引き上げられていく。
「裕也君」
「うわっ!せんせいっ」
 捕まえようとして手を伸ばしたが、引き上げるスピードの方が速い。
 裕也の体は天井にはりついてしまった。

 縦横無尽(じゅうおうむじん)に張り巡らされた無数の糸。
 その糸にからめとられ裕也は指一本動かせない状態になっている。
 フォルムは明らかにクモの巣の形状をしていた。

 だが、サイズが馬鹿でかい。漁師が使う投網のような大きさだ。
 その巣の真ん中で着物を着た黒髪の女が血の色をした唇を舌なめずりしながら、小ばかにしたように、正人を見下ろしてほくそ笑んでいた。
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