第332話 アナザー 護の笑えない理由 その16

文字数 545文字

 向かいの席に座った響は、とってきたテーブルロールにジャムをつけて、口に放り込むと裕也の背後に眼を向けて囁くように言った。

「気がついてるか?裕也、後ろ三列目、右から二番目の席」
「......」
 裕也はジーンズの前ポケットから小さな折り畳み式の手鏡を取り出すと、さりげなく自分の前に鏡を持って行って言われた方に傾けながら背後の様子を覗き見た。
 背広姿のサラリーマン風の男性が食事をとっている所だった。

「……うん。いるね。全く、しつこい」
「誰だ。知ってる奴か?」
「いいや。でも、感じでわかる。組織の人間って。
 そう言えば忘れてたよ。昨日ラブレター貰ったの」

「ラブレターって?」
「帰ってこいっだってさ」
「……何で言わない?」

 咎めるような響の問いに答えず裕也は男を見ながら言った。
「ふふっ、あの殺気、よっぽど僕が邪魔らしいや」
「笑い事じゃない」

 纏った殺気と暗い人柄がにじみ出た雰囲気は如何ともしがたい。
 獅子身中の虫、裕也に毒を盛った一味の追手である事は一目でわかる。
 二人は早々と朝食を切り上げて部屋に帰ってくると黙々と荷造りを始めた。

  ホテルを変えるのはこれで何度目だろう。
 二人がいつまでもホテル住まいなのはこんな理由があるからだった。
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