第97話  先生のフィアンセ その20

文字数 837文字

その日、藤堂弘明は勤めていた弁護士事務所に休暇届けを出し、黒いスーツ上下に身をつつんでロングコートはおり、郊外にある一見して豪邸とわかる大門の前に高級感あふれる黒塗りの外車で乗り付けた。

門前に黒ずくめの強面幹部クラスがずらりと並び、一斉に頭を下げて弘明を出迎えた。

「おかえりなさいやし。若」

声をかけてきた男を眼ねつけてこげ茶色のグラサンをずらし「若と呼ぶな」と言いながら無造作に右手を払った。
 顔面にヒットして痛がっている男をしり目に、「おやじは?」と言葉を続けた。
「おやっさんは最上階に」と別の男が短く答える。

その言葉に頷くとグラサンをかけ誰を見ることもなく、つかつかとビルの中に入っていく。
ホールの真正面にあるエレベーターに行き上行のボタンを押して、扉が開くと中に入りさっさと最上階まであがってしまった。

屋上には設えた箱庭とこじんまりとした和風のペントハウスがある。
その屋敷の庭先で眼光鋭い初老の男が、盆栽に鋏を入れながら鼻歌を口ずさんでいる。

裏社会ではその名を知らぬ者が居ないほど有名な藤堂家の当主、藤堂孝雄。

その子供の弘明の出自はちょいと訳アリだった。
弘明は本妻の子ではなく、外に作った愛人の子。
そして本家に跡取りが生れなかった。

妊娠が発覚したとき、彼の母親は本妻から嫉妬され命を狙われる毎日だったという。
身の危険を感じて藤堂家から遠ざかり、一人田舎で弘明を生んで育てた。

本妻が死んで、愛人の行方をようやく探し当てた時には母である愛人も亡くなっていた。
藤堂が高校3年の夏の話だ。

尋ねてきた弁護士に慰謝料として目の前で多額の札束を積まれた。

母親を死ぬまでほっておいて今更父親面して弁護士を寄越してきたその態度が気に食わない。
藤堂はつまれた札束を払いのけた。

「今更、支援など受ける気はない。とっとと帰れ」
目の前にいた弁護士と孝雄を自分の前から邪険に退けた。

一番支援の欲しいはずの大学も奨学金とバイトで賄いで自力で卒業した。
以来、音信不通になっていた。
その父を訪ねたのだ。
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