第212話 アナザー 二人の高森 その20

文字数 856文字

「おっ、お前は菊留義之」
「久しぶりですね。一ノ(たに)君」
言いながら先生は躊躇(ちゅうちょ)なく、ローテーブルを挟んだ一ノ谷の向かいにあるソファに腰かけた。

「ちがう。何度言ったら解るんだ。私の名前は一ノ()だ」
抗議する彼の言葉にお構いなしで義之は続けた。

「助手を雇ったんですか?中々の好青年ですね」

 健康そうなアウトドア派の褐色の肌を持つ青年を眺め先生はそう言った。
 底抜けに明るく山歩きや海水浴が好きそうなイメージの彼。

「違う。雇ったんじゃなくて、押しかけて来たんだ。弟子にしてくれって」
一ノ谷正人は悩まし気にため息をついて眉根を寄せた。

「弟子に?」
「ああっ、そう。彼は桂木裕也君。高校生だ」
「お知り合いなんですか。先生、お茶でもいれましょうか」

「お茶?こいつに?冗談、お茶がもったいない」
「なんですか。随分な言い草ですね」
「お茶より塩持ってきてくれ」
「塩ですか?」
「ああっ、そこの棚にある粗塩」

正人は裕也が持ってきた塩壺に手をツッコミ一つかみするといきなり菊留義之に投げつけた。

「いきなり、何するんですか」
「いきなりじゃない。変なものを拾ってくるな」

「ああっ、忘れていました。私はそういう体質でしたね」
投げつけられた塩を払い落としながら義之は言った。

「弛んでるぞ。付いてきた奴は小物だったから、簡単に退散したけど」
「すみませんね。ちょっと危ない場所に行ったので」

「危ない場所?どんな?」
正人は怪訝な顔をして義之に向き合った。

「それが厄介ごとに巻き込まれましてね」
正人は眉間のしわを深めた。

「……却下」
「はぁ?まだ何もいってませんけど」
「言わなくても解る。お前の持ち込む話はいつもとんでもないって」
「はぁ、なんですか。それ。一ノ谷君は藤堂と同じ事いいますね」

高校からの腐れ縁。
出会った頃の菊留義之は夜ごと部屋に出没する妖怪に悩まされていた。
正人がその妖怪を退治したことから、交際が始まり今に至る。
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