第370話 アナザー 邂逅 その18

文字数 896文字

 裕也は出血の止まらない右手を握りこんで後ろにまわした。
 隠したつもりだったが桜井響には気付かれてしまった。
「裕也、右手を貸せ」
 響はそう言うと上着のポケットから大判のハンカチを取り出して、裕也の右の手の平に巻き付けた。

「響、一つ、聞いていいかな」
 手当てを受けながら裕也が言った。
「なんだ」
 と不愛想に響は返事をした。

「僕は葉月様から敵認定されたんだけど、君はどっちにつくの?
 向こうにつきたいのなら止めないよ」

 言いながら彼はうつむいた。
 大きな二重の双眸が半開きになり、唇をきゅっとかみしめて。
 裕也が時折り見せる。
 何かをあきらめた時のような顔……。

『味方になってほしい』と素直に言えない裕也の精いっぱいの強がりだった。
 傷の手当を終えた響はこつんと裕也の頭を軽く小突いた。

「ばぁーか、強がるなよ。最初から俺は味方のつもりで計算してたんだろ?」
 応援を呼ぼうとした響を止めたのは他ならぬ裕也だった。
 アーモンド形の瞳がさらに大きくなって。

「……うん」
「だったら」
「……ありがとう。響」

 裕也は毅然とした態度で顏を上げた。
「泣くのは後だ。来るぞ。裕也」
「了解」

 彼は口元に二本の指をたてて、呪を唱え一旦下に降ろし縦に跳ね上げた。

「界を隔てよ。結!」

 シュンと音をたてて透明な箱型の結界が二人の周りに現れた。
 葉月のはなった岩がドカッという音をたててぶつかるのと同時だった。

「あぶねっ」
 響は一瞬よける仕草をしたが結界がびくともしないのを見て感心していた。

「すごいな。裕也」
 その後も立て続けに岩が飛んでくるが結界をつきやぶるものは一つもない。
 すべて目の前で砕けて下に落ちた。

「亜空間だから、なんでもありかな」

 思念で作られた創造の空間なら「思い」はすべて具現化するだろう。
 想像力の強い者が勝者となる。

 裕也は冷静だった。
 以前、一ノ谷正人と菊留義之のバトルを見ていて、ありえない戦いぶりを目にしている。
 ここが、師匠のつなげた空間と同じなら、自分もそれに習うべきだと思った。
 そして、この空間でやった事は現世になんの影響も与えないのだ。
 かっこうのバトルフィールドだと言えた。
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