第192話 幕間 角田護の休日

文字数 1,267文字

市が運営する植物園、昆虫館は庶民の人気だった。
中でも蝶のいるドームは特に人気。
俺、高森要と角田護先輩と泉加奈子はそこでよく待ち合わせをする。
中は2000匹の蝶が放し飼いになっている。
シジミチョウやアゲハ、タテハ類、オオゴマダラ等おそらく一生分の蝶が見えるとても貴重な場所。

高森要は毎回、蝶館の入り口で泉をまってから中に入るけど先輩はいつも俺や泉よりはやく来ていて蝶館を帰る人たちの話題になっている。
こういう人の会話は結構面白いのでちょっと聞いてからドームの中に入る事にしている。

「ママー、あのお兄ちゃんすごかったね。
 妖精みたい!お兄ちゃんの後ろを蝶が並んで飛んでたよ」
うんうん、無難な評価、着物に草履だから随分和風テイストな妖精だけどね。

「ネェ、ネェ、あれ、角田先輩だよね。いつもながらかっこいい。蝶と先輩って似合うよね」
ああっ、こいつら先輩の追っかけ、日曜日までおっかけなんてご苦労様な事です。

「ああっ、麗しの乙女、ぼくの太陽、蝶に囲まれた君はなんて美しいんだ」
!?……中にはこんな勘違いした危ない人もいる。

「あのお姉さん、花と蝶に囲まれてきれいだった。眠り姫みたい」
 えっ、花に?眠り姫?先輩は寝ているのか?女と間違えられるのは、よくある事なので別に驚かないが、なんだか話が変になってる。

俺と泉は顔を見合わせた。イヤな予感がする。
「すいません、学生2枚」
入り口で入場券を買い求め奥のドームに向かう案の定、ベンチで眠りこけている先輩がいる。
まわりに先輩を埋める様に手折られた花々が散らばっている。
白雪姫を亡くした七人の小人よろしく、ドームに遊びに来た子供達にいたずらされたらしい。

「先輩、起きて下さい、先輩」
「こらーっ、困るなあ、蝶の餌なんだから手折らないでくれって言ってるのに」
飼育員のお兄さんに怒られる。
「俺たちじゃありませんよ」
そこでようやく先輩が起きる。周りの手折られた花をみて、
「あっ……すいません弁償します」
「あっ、角田君か。仕方ないな、後で蝶のコンサートに出演してくれたらいいよ」
「はい、わかりました。何時からですか」
「後、30分かな」
「はい、では後で」
「なんで先輩だとあれだけで済むんですか」
ちょっとむかついた。
「まぁ、仕方ないよ。平常運転だし」
泉は落ち着き払って持ってきた水筒のお茶を飲んでいる。
平常運転って一体。

30分後、特設されたコンサート会場の真ん中で指揮棒をふる先輩。
指揮棒に合わせて種別に別れた蝶が音楽に合わせて舞う。
さながら見事なマスゲームを見ているようだった。
夢のような時間に今更ながらに先輩の動物との意思疎通能力はすごいと思った。
拍手喝采のうちにコンサートは終了。
手渡された花束は先程子供たちにいたずらされたあの花々だった。
無駄がない。

「ねっ、平常運転だったでしょ」
なるほど、先輩の能力は、誰より優しい。
こんな平和な時間がいつまでも続いてほしい。

俺は先輩の横顔を見ながらそう思った。
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