第215話 アナザー 二人の高森 その23

文字数 841文字

「だから、力いっぱい端折ってるじゃないか」
「どこがですか」

「あっ、一ノ谷先生、僕はいいんで菊留さんを優先してあげて下さい」
もの解りのいい裕也は正人にそう言った。
正人は仏頂面で裕也に答えた。

「裕也君」
「はいっ?」

「コイツには親切にしなくていい」
「えっ、なぜですか?」

裕也は不思議そうに正人を見やった。
「こいつは酷い奴なんだ」
「えっ、ひどい?」

「以前、コイツに我が家直伝の退魔用の呪を教えたんだ」
「そうなんですか」

「完璧、完全なる呪文を」
「それで?」

「どうしたと思う」
「どうしたんですか?」

「こいつは、その呪文の前に「天地開闢の理によりて」とかなんとかいう枕言葉をつけやがって下さったんですよ」
『つけやがって』の所に彼の怒りの度合いがわかろうというものだ。

「まっ、枕言葉ってあの「八雲たつ」とか「あしひきの」とかいうあの」
「そうだ。なんの意味もなさない。かっこつけるだけのあの枕詞を」
「……そうなんですか」

「なっ、酷いだろ。原作レイプだろ。コイツに関わったのがそもそもの私の不幸の始まりだ」

拳をふるふると握りしめて真面目に怒る正人。
怒り心頭とはまさにこの事だろう。
裕也は驚いて目をみはった。礼儀正しい正人がこんなに怒るのをはじめてみた。

どおりでしょっぱなから態度が冷たいわけだ。

「なんでそんなモノをつけたんですか?」
裕也はこそっと隣に座る義之に耳うちした。

「だって!かっこいいじゃありませんか。結構気に入ってるんです」
義之は親指をぐっとたてウインクしてみせた。
かっこいいって……。子供みたいな人だ。この人。
裕也は目をまるくして義之をみた。
さわやかな笑顔に邪気がない。

「……そうとう一ノ谷先生に嫌われれてますよね」
裕也が呆れた風にそう言うと
「平気です。通常運転ですから」

義之はニコッと笑ってなんとも(つわもの)な返事をした。
さすが、一ノ谷正人の友達だけのことはあると思った。
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