第394話 アナザー 護と要 その7

文字数 856文字

 ローテーブルを挟んで向かい合った俺と菊留先生は暫くの間、お互い、言葉を発しなかった。
 沈黙のときが流れる。

「……先生は俺の心読んでるんですよね。俺がなぜここに来たかわかってるんですよね……」
「高森君。いくら心が読めるからと言って、私は四六時中、誰彼構わず人の心を読んだりはしませんよ」

 先生は両手を俺に向かって開いて見せた。
 中指、薬指に能力制御用の四つの指輪がはまっている。

 俺の心を読んでいたわけじゃないらしい。
 ふっとため息をついた。

「先生は……同性を好きになった事ありますか?」

 恥ずかしい。
 緊張で声がこわばる。
 でも聞かずにはいられなかった。
 目線を合わせず、ひたすら床を見て俺は質問した。

「……ありますよ。高2のときかな」
「相手に告ったんですか?」
「いいえ。でも、いつも一緒にいましたね。大学も同じでした」
「その彼とは」
「今でも親友です。学部がちがったので彼は弁護士になっていますが」

「先生、俺は……」
「角田君を好きになってしまった?」
「そうです。……不毛ですよね。こんなの」
「高森君」
「……わかってます。俺」
「……高森君。恋心に答えなんてないんです」

「……」
「君はもっと相手のことを知りたい、もっと触れ合いたいと思いましたか?」
「はい」

「彼にキス以上の関係をのぞみますか?」

 あからさまな質問に思わず口ごもった。
 菊留先生は学校では生徒のカウンセリングを担当している。
 こんな相談はよくある事なのか何でもない事の様に質問してくる。

 黒曜石の瞳と白磁の肌を持つ先輩。
 カラスの濡れ羽色の髪を風になびかせ、いつだって徒党を組むことなく一人で佇んでいる。
 その姿をまぶたに思い描いて胸がきゅんと締め付けられた。

「……いいえ。そこまでは」
「そうですか。尊敬や、憧れを好きと勘違いする場合もありますから」

「でも、俺は先輩を独占したいと思いました。これって恋愛感情ですよね」
「そうですね。独占欲や嫉妬心は恋愛感情になりますね」

 先生の口調は静かだった。
 責めるでも諭すでもなく、ただ、普通に共感してくれた。
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