第75話  先生(リサーチャーフェイバリット)の実力 その10

文字数 1,238文字

「私は何も知らない子供じゃないんですよ。あなたの言いなりにはならない」
「実験動物のくせに!」
気色ばんで教授は先生に食って掛かった。

「残念な人ですね。あなたは」
「お前が私の実験につきあってくれないなら、アレンを殺して私も死ぬわ。ねぇ、リアム、 今度は一体どんな人生が待っているのかしら」

そう言うと教授は傍らにあったサイドテーブルの上から、注射器を取り上げアレンの腕をとった。
注射器には得体の知れない緑色の液体が入っている。先生の命を奪ったあの液体なのか。

すっと先生の目が細くなった。これまでに見たことの無い表情だった。
渦巻くような怒りの感情が先生を包んでいる。
先生はすっと指先をその注射器に向けた。
パンという音ともに注射器が壊れて床に散乱した。
破片の間からドロドロと緑色の液体が流れて床に広がっていく。

「きゃっ、何てことするのよ。許さないわよ。リアム」
ヒステリックに叫ぶ教授。

「アレン、君はこんな所にいるべきじゃない。こちらに来なさい」
先生は教授を無視してアレンに話しかけた。
アレンは戸惑ったような表情で先生を見つめている。
それでも、教授の傍らを離れようとしない。見かねて仁が口を出す。

「アレン、先生なら君を助けてくれる。だから、こっちに来て」
「だめだ。ぼくは」
気持ちが伝わらないもどかしさ。一体何が彼を縛っているのか。
先生は説得をあきらめて仁に向き合った。

「立てますか?佐藤君」
「……無理みたい。腕に力が入らなくて」
本当にダルそうだ。ベッドの柵にもたれて体を支えている。
「教授に何かされたのですか?」
「筋弛緩剤を打ったって言ってた」
「……教授は相変わらず、薬物を投与するのがお好きなようですね」
先生は仕方ないというふうに呟いてやおら、仁を背中に抱え上げた。

「えっ、ちょっと、先生、この格好恥ずかしいよ。せめてお姫様だっことか」
「贅沢言わないでください。走るにはこっちの方が都合がいい」
「えっ?わっ!!」
がくっとバウンドしたような衝撃をうけて仁はあわてて先生の背中にしがみつく。
先生はそのまま、だだっと走って教授を避け、右手で教授のそばに立っていたアレンの腕を掴んだ。瞬間、ぐにゃりと空間がゆがんだような違和感に包まれた。

瞬間移動(テレポート)、いきなりだった。
自分でやるのも気持ち悪いのに、何の予告もなしに他人にされたら気持ち悪さは倍増する。

移動先の先生の部屋のリビングに着いた時、アレンと仁はせき込んでいた。
仁を床に座らせてさっきの修羅場が嘘のように先生は伸びをした。
「はぁ~、長距離は久しぶりです。流石につかれますね」
涼しい顔でそんな事を言っている。

「酷いよ。先生、いきなり」
「すみませんね。相談する暇もなかったので」
そういいながら、先生はリビングにあった長椅子に体を投げ出して、どさりと座り込んだ。
緊張がとけ、安堵の表情を浮かべている。暫くして落ち着きを取り戻してから、ようやく部屋の異変に気付いた。

部屋全体が明るい。玄関から続く廊下にも電気がついている。
再び先生の顔に緊張が走った。
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