第115話 先生のフィアンセ その37

文字数 812文字

ウイスキーを飲みながら一通り、ひかりと話をしてそろそろ全身に酔いが回ってきた頃。
義之は新しく来店してきた客に眼が行った。

見事な体育会系の筋肉、170センチくらいの身長に背広を(まと)い茶髪に染めた髪と切れ長の相貌。どうにも聞いたことのある声音。連れはおらずおひとり様の入店である。

最初は認識できなかったが、この声は!

「藤堂!」
酔いが一気に覚め思わずがたっとソファから立ち上がった。
相手はすぐに反応して返事を返してきた。

「菊留!こんな所で会うなんて珍しいな」

藤堂はホステスへの挨拶もそこそこに、真っすぐ義之の座るボックスめがけて歩いてきた。

「珍しい。女連れか?」
ソファに座っていたひかりの顔を確認する。
「ほう、別嬪(べっぴん)だな。あれっ、もしかして喧嘩してた彼女か?」

梯子二件目なのか藤堂はやけに饒舌(じょうぜつ)だった。
普段は女性の前であがってしまって『どもる』くせにそんな事、微塵(みじん)も感じさせない口調だ。『しまった』と思った。藤堂は無類のうわばみだ。

いきつけの飲み屋の一つや二つあってもちっとも不思議じゃない。
どこかでバッティングする可能性は十分にあったのだ。
義之は今更のように逢引の場所を飲み屋にしたことを後悔した。

「はいはい、藤堂様、お邪魔はしないのよ。今宵はカウンターの方へどうぞ」
美咲は一早く気がついて、藤堂の腕をひっぱりカウンターへ誘導しようとするがか細い美咲の力ではいかんともしがたい。藤堂の体はびくともしなかった。

藤堂は美咲の手を振りほどくと、ひかりに向かっていきなり土下座した。

「すまん。こいつは女心の分からン朴念仁だが、気のいい奴なんだ。
 何を怒らせたか知らんが許してやってくれ」

藤堂は神妙な声音で言い放った。
ひかりの横で立ち尽くしたまま義之は真っ赤になって絶句した。
藤堂がこんな態度に出ると思ってなかったのだ。
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