第276話 アナザー 二人の高森 その84

文字数 709文字

「いったい、僕はどうしたら良いんだ」
「どうしたらって、先輩、いったいどうしちゃったんですか」

 夜の9時過ぎ、玄関の呼び鈴がなり出迎えた泉は
 ひたすら動揺する角田 護を前にし、眼を見張って驚いていた。

 友達の家とは言えもう訪問していい時間をとっくにすぎている。
 洗い髪をバスタオルにくるんだまま乾かすことも出来ず、ルームウエアのまま彼を家に招き入れた。

「なんだかとても変ですよ、先輩、いつもの沈着冷静さはどこいったんですか?」
「……高森 要が目をさました」
「はい、それはさっき聞きました。よかったです」

 加奈子が彼を見舞った時は高森 要は眠っていた。
 声もかけずにそのまま帰った。
 その後で彼の意識が戻った事を看護師から聞いていた。

「高森は……高森は、僕に笑えって言ったんだ」

 怖いもん知らず!
 と泉は思った。

 泉加奈子と角田護は小学生からの付き合いだ。
 知人関係が続いてから、それこそ6年くらいはたっている。
 なのに賢才と言っていいこの先輩が笑ったところをあまり見たことがない。
 記憶にないだけなのか。否だ。先輩は笑顔になった事がないのだ。

 泉は硬派で不愛想な先輩に「笑え」と要求したことはなかった。
 繊細で綺麗な顔立ちに似合わず「質実剛健」部活も弓道部に所属している。
 筋肉質ではなかったが、先輩のイメージを語るなら、泉はその言葉以外に思いつかない。

 それに考え方が幼い。
 見た目や成績の良さとは関係なく、すべてにおいて態度や言動が子供っぽい。
 旧知の仲とは言え、夜に訪問してきた彼を家に迎え入れたのは、ひたすら純真無垢な子供の心をもっているからだ。
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