第63話 謎の留学生 その5

文字数 1,650文字

「智花、じゃここでサヨナラな。俺、教室にカバン置いてきたから一旦、戻るわ」

帰り支度の最中にアレンに呼ばれて、そのまま教室を飛び出したからカバンも教科書も机の上に広げたままになっている。智花にそう告げ上の階に上がろうとすると智花が言った。

「ねぇ、佐藤君」
「んっ?」
と答えて智花の方を振り返ると智花はゆっくり近づいてきた。
「やっぱ、これ、預かる」
そういうとひょいと伸びあがって智花は俺の眼鏡をはずした。
「えっ?なっ、何で……?」
「さっき、変なフラグ立ってたじゃない。だからおまじない」
「フラグって?」
「アレンとバトルって……、アレンって先生の前世でしょ。」

研究者のお気に入り(リサーチャーフェイバリット)と呼ばれた菊留先生の実力は計り知れない。
先生と知り合ってから、何度か夜の時間帯に自衛隊の演習場で超能力の模擬戦をやったが一度として勝てたためしがない。
もしアレンが姿形だけじゃなく、先生の能力も踏襲しているのだとしたら俺に万に一つの勝ち目があるのだろうか。
そのことを気遣って智花は本気で俺の心配をしている。

「知ってるわよ。この眼鏡、超能力を抑えるリミッターだよね」
「なんだ。知ってたんだ」
「うん……さっきはごめん」
「いや……いいんだ」
「あの、明日、無傷で学校に登校してきたらこれ返してあげるね。だから、これは眼鏡質」

「何、それ?」くすっと笑う。

ときどき、智花は漫画語録のような面白い事を言う。
「絶対、無傷で学校に来て。絶対だからね」
智花の声に真剣さがこもった。バトルなんて喧嘩みたいなもんだ。
無傷なんて無理に決まってる。模擬戦の時ですら細かい傷が体中にできた。

「無茶いうなぁ、俺、そんな約束無理」
「無理じゃない。だから約束して」
智花はちょっと目をこすって俺との視線をずらした。
とんだツンデレお嬢さんだ。こんな時だけ妙に女の子らしくなる。
バトルは今日とは限らない。

「わかった。明日だけでいいんだな」
「あっ、やっぱりずっと無傷で学校にきて」
「智花、いう事めちゃくちゃ」
「だって、だって」

リミッターを外した俺の頭の中に智花の心情が流れこんでくる。
智花は漫画家を目指しているから人より想像力が豊かだ。
今回のバトルの件でついつい最悪の事態を想定してしまったらしい。

「まぁ、大丈夫でしょう。俺には菊留先生がついてるし」
智花の不安を払拭するようにわざとのんきにそう言って見せる。
「うん、うん、そうだよね。大丈夫だよね。きっと」
「じゃな、また、明日」
「うん、また明日ね」
階段の上り口で智花と別れて教室に向かう。

中に入るとやっぱり死亡フラグが立っていた。
机の上に出ていたもろもろの本の山、その中の一冊の教科書に目立つように(しおり)が挟んである。

その国語の教科書を開くと一枚のメッセージカード。

Dear Jin(親愛なる仁へ)
Let's fight 
Tonight at nine O'Clock At the third Pier(今夜、9時に第三埠頭で戦おう)
From Allen (アレンより)

教室には俺一人だけしかいなかった。
携帯を取り出して電話をかける。

「はい、菊留です」
「あっ、先生、やっぱ、今日だった。今夜第三埠頭9時 バトルしようだって」

「……了解。じゃあ、9時に埠頭で。佐藤君、無理はしないで」
「OK、先生、智花と約束したから無理はしないよ。いざとなったら先生に頼るからよろしく」

「智花さんと何を約束したんですか」
「うん、無理な約束。明日。無傷で学校に来いだって」
「……それはやっぱり、ちょっと無理ゲーですね」
先生は苦笑した。

「だよね。俺もそう言ったんだけど」
「まっ、全力をつくしましょう」
「では、後で」

携帯を切って、カバンの中に教科書をつっこみ教室をでる。
バトルまで後3時間、時計は午後6時をまわっていた。
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