第143話 桜花恋歌 その2

文字数 1,032文字

『先輩』
数歩あゆみ寄って声をかける。
女は少し離れた所に立つ俺を見た。
まともに交錯する視線。
途端に表情が変わった。
鬼女の(おもて)
女のただらならぬ気迫におされて息を呑む。

女は先輩の手を取り立ち上がらせると抱き寄せて抱きしめた。
先輩は意思のない人形のように抱きすくめられたまま立ち尽くしている。

とっさに思った。
『やばい。先輩を連れていかれる』
どこへ?何故という言葉は浮かばなかった。
直観。
ただひたすら心の中に広がったあせりと恐怖。

『先輩!先輩!先輩!。ダメです。そっちに行かないで!先輩』
伸ばした両手は先輩の被っていた薄紅(うすべに)色のかつぎを(むな)しくかき抱いて。

目の前の女は先輩を抱きしめたまま、輪郭(りんかく)を失い女の立っていたあたりから桜の花びらが舞い飛んで鮮やかな薄紅(うすくれない)の吹雪となって俺の身にふりかかってきた。

俺は力いっぱい絶叫していた。

絶叫したまま夢から覚めた。
暗闇の中、ぱっちりと目が開いた。
呼吸が荒い。ハア、ハアと息をつく。
目じりに浮かんだ涙がこめかみを伝って流れ落ちた。
コンコンと二度ノックの音がしてドアが開き、パチッと電気がついた。
部屋の入り口に立つ不機嫌そうな姉。

「かなめ!うるさいなー。今何時だと思ってんの。
 先輩。先輩って叫ばないでちょうだい。寝られないでしょ」

「えっ、俺、先輩って叫んでた?」
「うん、さけんでた」
「ねーちゃん。ごめん」

隣の部屋で寝ていた姉は俺の叫び声に眼を覚まし文句を言いにきたらしい。
午前3時。到底朝とは言えない時間だ。

くそうっ………眠れない。
姉が部屋から去った後、けんめいに寝る努力をしてみたが一向に眠れなかった。

夢の事が頭から離れず、完全に目が覚めてしまった。
ありえない情景にも関わらずリアルで生々しい夢。
俺はベッドから起き上がって、パソコンデスクに座り、パソコンを立ち上げた。
「人が消える夢」で検索をかけ内容を読む。

夢占いで消えるの意味/解釈は?!何かが無くなる事を暗示しています。
消えると言う意味は「無」になること、すなわち、無くなる事を意味しています。
大切な物や大切な人を失う暗示と共に、あなたの不安な心などを表しています。

「大切な人を失う暗示……?」

まさか……。まさかね。
角田先輩と別れる?
角田先輩を失う?
俺は不安にかられそのあと、一睡もできず朝を迎えた。
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