第183話 桜花恋歌 その41

文字数 1,186文字

その後、菊留先生の事件があって、超人クラブに入った。
生き物と会話ができるなんて、先輩の能力はなんて素敵な能力(ちから)だろうと思っていた。
馬鹿だ。俺。

虫やトカゲを捕まえて虫籠に閉じ込めて殺してしまう人間。
気持ち悪がって、クモや毛虫を踏み潰す人間。
鳥の巣を壊して繁殖させないようにする人間。

虐げられる生き物の悲鳴が聞こえる能力なんて繊細な心をもっている先輩には苦痛なだけだ。
木霊の言わんとしている事がなんとなく理解できる。

そうだとしても……。ぐっと拳を握りしめた。

「そうだとしても、やっぱり、角田先輩がいない世界なんて嫌だ」
おれは木霊に向かって叫んだ。

「お主は護に修羅の道を行けと言うか」
「もし、先輩にとってこの世が地獄なら、俺が先輩をささえるから」

俺ってこんなに涙もろかったっけ。くそう、涙がとまらない。

「軽々しく、出来もせんことを言うな」
「いい加減な気持ちで言ってない。本気だから」

拳で涙を拭って尚も言う。

「……。」
「だから、先輩を返して下さい」

「よく言う。今まで護の心を気づきもせなんだくせに」

「俺、神様じゃないから、解らない事も多いし、出来ない事もたくさんあるけど。
この気持ちは嘘じゃない」

ぐいっと涙を拭って顏を上げた。

「返せよ。先輩はまだ17だ。先輩にはむこう80年ほど生きる権利がある」
「笑止!お前たちの百年など、下天に住まう者にとってたった二日ほどの時間にすぎぬわ」

「その二日を摘みとった所でなんの支障もなかろう」
「下天の者たちには二日でも、俺達には百年だ。その年月がどれほど長いか。
 五百年の時を生きてきたお前ならわかるだろう?」

 くっと木霊は笑った。
「果たして、護がそれを望むのか。
 幼き日、毎夜、妾のところにきて、世の不条理を嘆いていた護が」

「先輩がこの世の事をつらいと思うなら俺がそばにいて一生支えるから。
 この世はつらい事ばかりじゃないってわかるまで一緒にいるから」

「よう、言うた。その言葉、偽りではあるまいな」
「ああ、男に二言はない」

「そなたが約束を違えた時、護の命はないものと思え」

木霊がそう言い放った時、先輩が口を開いた。

「たかもり……。」

久しぶりに聴いた。玲瓏(れいろう)たる声音。

先輩は微笑んでいた。
はじめて会った時のあの眩しい笑顔のままで。

☆☆☆★★★☆☆☆


下天の意味
人間五十年、化天(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり。
(人の世の50年は下天の一日にしかあたらない、夢幻のようなものだ)

「下天」は、六欲天の最下位の世で、一昼夜は人間界の50年に当たり、住人の定命は500歳とされる。六欲天(ろくよくてん)は、天上界のうち、いまだ欲望に捉われる6つの天界をいう。
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