第307話 アナザー 二人の高森 その115

文字数 821文字

「あっ、先生、手が汚れてますよ。洗ってきて下さい」
「えっ」
 裕也に注意されて義之と正人は顏を見合わせた。
 亜空間と言えど、そこにある物質は生身の体を傷つけるのに十分な質量があった。
 二人改めて服装を見る。先ほどの戦いで肉弾戦を演じた二人は、どこもかしこも泥土まみれで擦り傷や切り傷まで負っている。

 そんな事お構いなしに座ったため、ソファにまで汚れがついてしまった。
 幸いレザーだったので拭き取れば済むのだが、着用していた背広はどうしようもないほど痛んでいた。

「全く、一ノ谷君は容赦がない」
「お前こそ、人の事言えないだろ」
 言いながら二人立ち上がって給湯室に消えた。顏と手を洗うためだ。
 それから正人は隣の事務室に義之を引っ張っていき、ロッカーからホームウエアの上下二組を取り出して一組分を義之にほおった。二人とも手早く着替え着ていたものは紙袋に入れた。

 部屋に帰って来ると裕也は濡れティッシュでソファの汚れを丁寧にふき取っている所だった。
 ふき取ったテッシュを屑籠(くずかご)にほおリ込み、もう二三枚ティッシュをとって自分の手をふいた裕也は言った。

「さあ、どうぞ、召し上がって下さい」
「ありがとう、裕也君」
 義之は礼を述べて目の前に置かれたイチゴショートをいただきつつ正人に言う。
「出藍の誉ですか。よくできたお弟子さんをお持ちですね」
 嫌味たっぷりな響きに正人もモンブランを口に放りこみながら答えた。

「まだ、何も教えてない」
「そうですか。まだ染まってないんですね、それはとてもよかった」
「どういう意味だ」
「別に、なんでもありませんよ」

 やれやれと裕也は思った。この二人は仲がいいのか。悪いのか。
 そもそも嫌味以外で会話が成り立つことがあるのか。

 裕也はタルトを口に運びながら、心の中でちょっぴり後悔した。
 自分はとんでもない人に弟子入りにしてしまったのかもしれないと思っていた。
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