第104話 先生のフィアンセ その28

文字数 680文字

美咲は最後まで店で飲んでいた中年の紳士をビルの一階まで降りてきて見送った。

「じゃあ、みっさきちゃーん。またねぇー」

男は千鳥足で歩きながらふり返りひらひらと手を振って美咲に別れを告げる。

「田中様。お気を付けて。また、お見えになるのを楽しみにしておりますわ」

美咲はにこやかに手を振って相手の顔が見えなくなってからくるりと踵を返した。

驚いて目を見張る。
さっきまで自分の後ろには誰も居なかったはずだ。
いつの間にか細身のスーツを纏った長身の男が立っていた。
銀色の眼鏡のフレームが鈍く光り奥に瞬く瞳が異様な光を帯びて美咲を睨みつけている。

「ひっ」

恐ろしさのあまり短い悲鳴が口をついて出る。
男は音もなく動いた。
ダン!美咲は次の瞬間、壁際に叩きつけられ抑え込まれた。

「ひかりさんはどこですか?」

顏のすぐ間近で尋ねる男の怒気に満ちた声。

「……ひかりは……なっ、中に……。」

片腕をねじりあげたまま美咲を先に歩かせ男は後ろからついてきた。
透かし彫りの入った分厚い扉を押して中に入ると
マスターがカウンター越しに声をかけてきた。

「いらっしゃいませ」
顏を上げて息を飲む。
腕を捩じり上げられ青ざめた美咲の後ろに立つスーツを着た長身の男性。

「マッ、マスター、たっ助けてちょうだい……」

しばらく呆けていたマスターは美咲の言葉に我に返った。
ぷっと噴出して言った。

「すみません。うちのホステス放してやっちゃくれませんかね。
 ほんのいたずら心なんで」

事情を察したマスターは顔色一つ変えることなく平然と言ってのけた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み