第181話 桜花恋歌 その39

文字数 753文字

奥へ進むとどこからか。笛の音が響いてくる。
それに合わせて笙や太鼓の音も聞こえてくる。

森の奥にパッと見、平安貴族の館を想起させる寝殿造りの立派な屋敷があった。

清水をせき止め作られた池。
澄んだ水の中に体調6センチほどの体に一筋の虹を配した見たこともない魚が住んでいる。
池の岩の上には、殿様ガエルがすわって頬を膨らませゲロゲロと鳴いていた。

池に水を引き込むために作られた小川の上をまたぐ渡殿の上に
一人の青年が薄紅の衣をはおって扇を持ち、
ひらりひらりとかろやかに舞っているのが見えた。

奥二重の黒曜石の双眸。
一心にただ無心に舞うその所作。
だが、表情は硬い。
唇に一片の笑みも浮かべず。硬く引き結ばれていて。

「角田先輩」
声をかけても反応はなかった。
いつのまにかあの白い女が先輩の後ろに立っている。
先輩の肩越しに俺を見て「くくっ」と笑った。
女は先輩の手をひいてどこかへ連れて行こうとする。
手からはらりと扇がおちた。

「待て。先輩をどこへ連れていくつもりだ」
「死での旅路に伴侶をつれて何が悪い」

「……はっ、死出の旅?伴侶だって?」
「気づかなんだか。ここにいる者はすべて亡き者と妾が作った幻影じゃ」
「幻影だと、あの村も行きかう妖も?」
「当の昔に滅んだ者じゃ」
「村は、村の風景は?」
「水底じゃ。現世にはない」
水?……ダムの底か……。
「人間風情が巨大な湖を作り、いくつもの村を沈め、そこに凄まうモノを
 破滅へと追いやった」

「どうせ、護にとってこの世は地獄も同然、妾の命ももうすぐ尽きる。
 死出の旅路の供に護はつれていく」

「連れて行くって、ふっ、ふざけんな。先輩の意思はぜんぜんないじゃないか。今だって」

 今だって、意思を伴った行動には見えない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み