第320話 アナザー 護の笑えない理由 その4

文字数 827文字

なんだか嬉しくて嬉しくて自然に顔がにやけてしまう。
でも、それは一瞬で先輩はすぐ真顔になった。

「なんだ。高森、僕の顔に何かついてる?」
「いえ。別に」

 見たい!
 もう一度、先輩のあの笑顔。

 180度考えが変わった。
 当分自分の世界に帰れないなら、この状況を生かす方向でいけばいい。
 決心した。

 角田先輩が見舞いの品をおいて病院から帰っていった後、
 俺は病室に残ってくれた泉に「中国悪女列伝」を手渡しながら言った。

「泉、この本返すよ」
「えっ、もう、読んだの?はやいね」
 一話だけじゃなく30話ほど収録されている分厚い本だ。
 俺の読書量で一日そこらで読み切れるわけない。

「違うけど。あの笑わない妾妃の話。なんか読みたくないんだ」
「へぇ、なんで」
「なんとなくゲン担ぎ」
「ふーん」

「王は間違ったやり方で褒姒(ほうじ)を笑わせ自らの破滅を招いたんだろう?」
「そうだけど」

 物語の展開が読める。
 不吉な気がした。

 俺はこれから角田先輩をもっと笑わせようと思ってる。
 だから、失敗した話なんて読みたくないと思った。
 我ながら単純だ。

 後顧の憂いはあの多岐という生徒だ。
 俺に危害を加えた多岐はあの後どうなったんだろう。

「俺を刺した奴、あの後どうなったんだ?」
「逮捕されたよ」
「そうか。よかった」

「高森君を病院に運んだあとで警察呼んで現場検証してもらったの」

「能力使って致命傷になる深部の傷は全部治してしまったので、だいぶ怪しまれたけど、
 現場に大量の血痕があったし凶器も近くでみつかったから、警察がちゃんと動いてくれて」

 刺されたはずの腹を見た。
 縫合の痕はあったが少しだけだ。
 大量出血の割に軽い傷痕。
 その傷跡に包帯すら巻かれていない。
 なるほど、首をひねる事件だったろう。

 多岐に生命を脅かされる心配がなくなって俺は大いに安心した。
 そして言った。
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