第4話

文字数 1,056文字

記憶を全面否定された俺は、現実とのギャップに苦しみながらもなおも食い下がった。

「じゃあ、親戚とか兄弟で教師になった人はいませんか、双子のお兄さんとか……」
「残念ながらそれもない…」
「……」
「あっ、すみません。ドリンクバー一つ」

菊留氏はテーブルのそばを通りがかったウエイトレスを捕まえて注文した。

「かしこまりました。前の方にご用意しておりますのでご自由にお取りください。」

ウエイトレスの説明に頷くとドリンクを取りに席を立ち、コーヒーを入れて戻ってきた。
コーヒーには何も入っていない。ブラックだった。
そのコーヒーを口に運びながら言葉をつなぐ。

「厳密には親戚に教鞭をとる人間はいるよ。皆、女性だけどね」
「そうですか……」
「俺、たまに自分の記憶が人の記憶と食い違うことがあるんです。]
「そういう事はままあることなんじゃないかな、私もたまにあるよ」

意外な答えに少しショックだった。
そんなことはないと否定して欲しかった。

「それじゃ、誤解が解けたってことでいいかな。
 悪いね。休憩は終わり、そろそろ仕事に戻らないと」

菊留氏はそういうと立ち上がって軽く会釈し机の上にあった伝票を手にレジへと並んだ。
残された俺は本当にパニック状態だった。

何もかもが新しい新学期、初めて受けた国語の授業。

180センチの長身ひょろりとした体つきに銀縁眼鏡をかけたその教師は、
黒板に大きな文字で菊留義之と書いて軽いノリの自己紹介をした後、
皆にノートと教科書をしまうように言って一冊の本を朗読し始めた。

最初は興味のもてない本だと思っていたが、絶妙な語り口のせいかどんどん話の内容に引き込まれていき授業が終わるころには誰一人として無駄口をたたく生徒はいなくなっていた。

私語のない教室に先生の声だけが響く。
国語の授業はそれが続いた。最初は奇異に感じた。
黒板はおろか、教科書もノートもない授業なんて初めてだったし朗読している本の解説も生徒への質問も一切ないなんて、おおいに変だった。

変だとは思ったが高校生になったからこんな授業もありなのかと自分を納得させた。
しかしひと月がたった頃、その授業は唐突に終わりを告げた。
突然国語の先生が変わり菊留先生は学校からいなくなった。

菊留という苗字も初めて聞く珍しい名前。
先生が読んで途中やめになった本の内容が気になって図書館でその本を探しまわって借りたからだから、余計に覚えていた。

それから先生が居なくなってからひと月たつ。

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