第89話 先生のフィアンセ その13

文字数 1,041文字

「タバコ、相変わらずですね」
「ああ、そうだな。最近はどこも禁煙が厳しくなってきて肩身が狭い思いをしてるよ」
「いっその事、止めたらいいと思うんですが」

「何言ってる。他人より余分に税金納めてるのに、なんでこんなに冷遇されなきゃいけないんだ。そこら中に走ってる道路の一本くらいはきっと納めてると思うぞ。
道のどこかに藤堂弘明氏寄贈と明記してもらいたいくらいだ」

「おおげさな」
「本気で言ってるんだが」
弘明は名だたる酒豪だ。学生時代、彼に勝てるのんべえはいない。
酒と煙草で他者よりも多い納税をしているのは、まぎれもない事実だった。
「褒められた事じゃないと思います」
義之はそう言って椅子から立ち上がった。
換気の為の窓を開け放そうとベランダの方へ行く。

テラス戸の鍵に手をかけてがくりと膝を折った。ガラス伝いに体が崩れ落ちる。
「義之!」
普段、名字でしか呼ばない彼を久しぶりに名前で呼んだ。

煙草の火を消して、倒れ伏した体を抱き起こす。義之は安からな寝息をたてていた。
「オーバーワークだ。お前、相変わらず頑張りすぎだ」

弘明は彼をお姫様だっこしてソファに移した。
ネクタイを抜き取り第一ボタンをはずして、寝所から毛布を持ってきて体にかけてやる。
「おい、こら、買ったばかりの毛布をお前にかけてやるとは思わなかったぞ」
しどけなく眠る義之に話しかけても返答があるはずはない。

中学以来だった。彼の超能力が目覚めた時。
力の使い方が解らず、暴走し、挙句の果てにチート能力を使いすぎて意識を失くしたのは。

この力は無尽蔵に使えるわけじゃない。使えば使っただけ肉体的な疲労が大きくなる。
以来、彼は極力この力を使わないようにしていた。その彼が意識を失くすほど力を使ったのだ。

今回の一件はよほどの事だと理解せざる負えない。改めてテーブルの上の人物相関図を見る。
弘明は彼の為に出来る限りの骨を折ってやろうと心に決めた。

義之の為にメモを書きつけ未明になってようやく寝入る。
明け方になってトイレに起きた弘明は、リビングにいたハズの義之を探して姿がないことに気が付いた。とっくの昔に自分のアパートに帰ったらしい。
部屋の電気をつけ、自分のメモはなくなり代わりに残されたメモに『ありがとう』の文字が記されて。

「相変わらず、つれない」

一人ごちた弘明は再び煙草に火をつけた。一服してテラス戸を開け夜明けの空を眺める。
彼にとって煙草は精神安定剤の役割を果たしている。

煙草は当分、やめられそうもない。
彼はそっと瞼を閉じた。
危なっかしい友を想って……。
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