第315話 アナザー 裕也の事情 その5

文字数 540文字

「噂に聞いていたけど、一ノ谷正人という人は相変わらず、むちゃくちゃな」
「そうかな。僕は凄いと思うけど」

 年若い当主は意味深に微笑んだ。
「ね、響、僕のやり方に似てると思わない?」
「似てない」
 むすっとして響は答えた。
 こんな邪道なやり方、断じて認めるわけにはいかない。

「そうかな。僕も印を結ばずに結界は出せるよ。きっと先生と僕は似た者同士なんだ」
 裕也はすべての呪術を印なしで成就させることが出来る。
 一つ工程を省けば省略した時間だけ攻防が早くできる事を意味する。
 裕也が一族の中で最強と言われる所以だった。

「俺は……そうは思わない」
 響は息を整えると怒りを抑えた声で言った。
「裕也とにかく、食事に行こう。支度してくれ」
「うん。わかった」
 彼は呪をといて、一旦部屋に引っ込むと私服に着替え、すぐに部屋から出てきた。
 ジーンズにティーシャツ、こげ茶色のミリタリージャケットをはおっている。
 裕也はニッコリ笑うと響の腕に自分の腕を絡めて言った。
「今日はお寿司が食べたいな。お財布ちゃん。よろしくお願いします」

 人懐っこい。
 さっき自分に呪を向けてきた人間と同一人物とは思えなかった。
 歳の割に幼く見える彼の容姿とこの人懐っこさに大抵の無礼は許してしまう。
 つくづく自分は甘いと思う響だ。
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