第382話 アナザー 邂逅 その30

文字数 761文字

「もう、いいだろう。術を解除してくれないか」
「うん。そうだったね」

 裕也は右手にまかれたハンカチをほどいた。
 渇いた血が赤から茶色に変わっている。
 もう一度自分の血を使って術を解除するつもりだったが目論見が外れた。
 ハンカチを取り去って右の手のひらを見つめる彼は急に笑い出した。

「すごいや、響、高森 要は最高の癒し手だ。期待以上だよ」
 負ったはずの右手のケガは跡形もなく消えていた。

 桜井響は眼をみはった。
 裕也の言う期待がどれほどものもだったのかはわからないが、高森 要が纏っていた炎と、瞬時にケガを直す能力を見てしまったからには、彼が普通の人間ではない事を認めざるを得ない。

「でも、これじゃ、パワーが足りない。せっかく治してもらったけど仕方ない」
 言いながら裕也は右手の親指の腹を噛み切って片膝をつき地面に一文字を描いた。
 その上に右手を開いて押し当て呪を唱えた。

「一ノ宮奥義。転移強制解除術。破棄(はき)

 伏せた手の周り八方に文字が浮き出た。梵字らしく仁には読めない。
 一旦、視界が暗くなり、次に明るさを取り戻した時には景色が一変していた。
 裕也は湖北一宮の刺客もご丁寧に一緒に連れ帰ってきた。
 こういう所が甘いと響は思うのだが言ったところで改める裕也ではないと知っている。

 近くに回転木馬があり木々の間からは背の高い巨大な観覧車が見える。
 ここが最初の遊園地である事は一目瞭然だ。
 だが昼間なのに人がいない。遊具も動いている様子がない。
 風に巻かれて小さなゴミが舞っているのみだ。

「誰も……いないね」
 泉は周りを見渡して言った。
 あれほど大勢の親子連れでにぎわっていたのに、園内に流れていた音楽は途絶え周りには人っ子一人見えずシンと静まり帰っている。

「そうだな。やっぱり今日はもう閉園なのかな」
 応じる仁の顏は暗かった。
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