2020/02/03 18:23

文字数 1,032文字

節分の頃の、遠い思い出

これを書いてる今日は2020年の節分の日だ。僕ははるか昔、節分の頃、一時期、東京の私鉄沿線でやっている本屋で働いていたことがある。そこで、荒木さん(仮名)という先輩が僕を指導する役として任命された。噂では店長よりも書籍のことを知り尽くしている、という、なんでも知っている系お姉さんだったし、実際、その通りの人物だった。

ISBNのことすら知らない僕に、荒木さんは懇切丁寧に本に関することをたくさん教えてくれた。荒木さんは美人なタイプじゃないし、体型は背が低くてマニアックに寸胴だった。だが、愛嬌があって、いつも笑顔だ。僕は若い頃だったので、会話をどうにかえっちな方向に持っていこうと頑張るのだが、全部笑顔で躱されてしまう。だが、嫌な顔はひとつもしない。荒木さんは「男慣れした」女性だった。

「仕事がない日はどこでなにをしているひとなんですか?」と訊いても「うふふー、内緒」と言う荒木さんは、作業中、不意に身体の特にぷにぷにしたところが触れてしまって、僕が「すみません」と謝っても、「うふふー」と微笑むだけで許してくれた。とても良いひとだった。いや、これはいつも不注意の事故で、僕が荒木さんの胸やおしりを触りたかったわけではない(フェミに怒られるからこれについてはこのくらいで)。

 手取り足取りいろんなことを教えてくれた荒木さんの正体は、僕は結局わからなかったけど、その時、僕にはなんでも知ってる系お姉さんが好きだ、という属性が芽生えた。

時は過ぎ、作家の西尾維新氏が「僕はなんでも知ってる系お姉さんが好きで、どうしても作品にそういうキャラを書いてしまう」と語っていて、そのとき僕は妙に納得したし、だけどそういう属性のひとは少ないだろうな、と思ったものだ。だって、なんでも知ってる系お姉さんが本当になんでも知っているか、と言えばそんなわけがなくて、これはとてもファンタジーな属性なのに間違いはないからだ。

 僕もいつかなんでも知ってる系お姉さんをヒロインに小説を書きたいし、僕の青春の一頁にはそんなこともあったのだが、「なんでもは知らないわ。わたしが知ってるのは知ってることだけ」と、猫にとりつかれたどこかのキャラクターが出てきて咎められて、そしてその影が荒木さんの思い出と重なり、荒木さんの記憶が羽根か翼を広げて大空へ消えるのだ。

そんな、節分の頃の記憶の物語。

2020/02/03 18:23 コメント(-)| 対話篇
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