第292話

文字数 1,123文字

 一般の人── この一般という言葉がクセモノなのだが── は、一体どんな感じで生きているんだろう。
「ここが自分の家だから落ち着く」「ここに就職しよう」「こんなふうに生きて行こう」と、自分の身の置き場を決定し、また設定し、それに向かって生きて行こうとし、また生きているものなんだろうか。

 東京の実家… といっても全く「実家」という感じがしない。奈良の、今住んでいる家に「帰って」来ても、特に落ち着く感じもしない。どこにいても、そんな感じだ。
 こんなふうに生きて行こうとか、そんな目標も立てたことがない。

 漠然と、ならいくらでもある。漠然と、なら。
 しかし具体的にとなると、そんな場所もそんな目標も、まるでなかった。今もない。

 ほかの人がどんなふうに生きているのか、見当もつかない。大体はつく気はするが、それを考えると、どうも自分がその「大体」の中に入れなかった気がして仕方ない。といって、こういうふうにしか生きてこれなかったのだから仕方ないとも思う。

「その時かぎりの」目標ならいくらでもあった。長期的── いつまでが長期的なのか知らないが、「その時かぎり以外の」時間になると、また違ったものになった。そんな連続が、今も続いているということで、「それ以外にない時間」の中に今もいることには変わらない。

 しかし先のこと── 要するに死だ、このことを現実的に考える。
 死んでしまえば知ったこっちゃない話だが、残された「私以外の」人のことを思う。

 私の両親はもちろん死んでいるし、兄も高齢である。私の今一緒に暮らす人も、私より五歳上である。順調に行けば、兄が死に、一緒に暮らす人が死に、私は一人になる。親戚といえば兄の子どもだけだ。
 私が死体で発見された時、甥にあたるこの子に、何かの弾みで連絡など行ってしまったら、彼は私の処置に手を煩わすことになるだろう。
 かめ家の墓に、死んだ私は入るかもしれない。いや、私は確かにかめ家の人間で、今あそこに眠る父母や祖母、義姉の骨壺のある墓の下の空間に入ることは、当然であるといえば当然であるらしい。

 ああ、死ねばあの墓に、みんなと一緒になれるんだ、と思うと、何となく嬉しい気もする。
 しかし問題は、私が避けたいのは、甥の手を煩わしたくないということに尽きる。
 身寄りのない、孤独死を遂げた死体は、たぶん共同墓地とか、ここでいえば奈良市が、規定に従って何か処置をするだろう。
 しかし… できれば、海かどこか、誰にも気づかれぬ所で、自分を死体にさせたいなぁと思う。魚や虫、鳥にでも食べてもらって、ほかの生命の、ちょっとでもお役に立てたらと思う。
 もっとも、こんなことを考えるのも、漠然と、の域を越えないのかもしれないが。
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