第203話 もうダメだというような時

文字数 522文字

 もう、どうなってもいい、と自暴自棄になる時。

 言葉あそびでもしてみよう。

「どうにでもなれ」と「どうなってもいい」は、違う。

 どうにでもなれ、は、まだ川の流れに身をまかせる意味がある。
 が、どうなってもいい、には、捨て身の意味が。

「どうなってもよくない」が前提にある。
 だからどうなってもいいと思えるのだ。

 どうにでもなれ、は、まだ、どんぶらこどんぶらこと、桃が川を流れてくる情景が浮かぶ。
 桃太郎は、捨て子だったのかもしれない。
 だが、おじいさんだかおばあさんに拾われ、育てられるのだ。

 どうなってもいい、には、そんなのんきな余地がない。
 時に、人を巻き添えにする。
 
 世界は細かな糸で繋がっているという。

 そこには、存在してダメなものなど、何もないのだという。

 捨て身になることは、この世を狂わしてしまう。
 目に見える美醜、悪徳や醜悪、そんなものより前に、その身この身が生を受け容れていること。

 生あるものは、繋がっているという。
 目に見えるもの、その前に、もっと大きな、微妙で精緻な糸で繋がっているという。

 自分でも知らないうちに、その一本の糸になっているという。
 目には見えない。でも、大切な糸らしい。

 それを、切ろうとしてはいけない。
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