第172話 句読点

文字数 1,870文字

 昨日、ラジオ深夜便で、著名な演出家がゲストに来ていた。
 アンカーと呼ばれる番組進行役の人も、あれは大変だったろう。まさに速射砲のごとく、喋り続ける演出家の話は、いつ息を吸っているのか?と思えるほどで、聞いているこちらも息苦しくなった。
 いいたいことが一杯あったのだろうし、アンカーとの個人的な仲もあったかもしれないが、深夜なのだし高齢のリスナーが多い番組なのだから、もっと落ち着いてゆっくり喋ってほしかった。聞いていて、疲れてしまった。
 しかしほんとに「人となり」は表れるんだなぁ! かなりナルシスも入っている感じで、ひとりで喋って、目の前にいるアンカーのことなど、目のほんの隅にしか置かれていない感じがした。
 このくらいの自己主張がないと、演出家はやって行けないのかなと思ったりもした。自分で自分を演出する。演出したいことを、舞台俳優に求める。黙っていては、何にもならない。
 しかし… 何もあんなに喋らなくても、と思わずにはいられなかった。

 主張は、耳障りなものだとも感じた。それも、まったく言い方だ。「わかってほしい」という(それは話し方が、どこか甘ったれた印象だったのも大きい)主張の源泉が、もう溢れ出すぎて、周囲の土地へびしゃびしゃ浸透していくようだった。
 どんなイイことを言っていたとしても、あれでは何も伝わらないに等しいのではないか。公共放送だから、発言に気を使い、かつ言いたいことを正確に伝えようとする→ 言葉が増えていく、というのはわかる。
 大江健三郎が、「きみは読者を信じていないのか?」と師から言われ、ハッとしたことも思い出した。説明ばかりの、くどい文章ばかり書いていた大江は、以来「読者を信じる」ようになったのか、くどい文を書かなくなったという。
 そこまで説明しなくても、わかるよ。それなのに、言葉の洪水を浴びせられたら、もうてんやわんやである。ひとりで勝手にやってくれ、という感じになってしまう。

 言葉は、多すぎても少なすぎてもいけない。人と会話する時、気をつけているのは、自分が最初に感じたことを、そのままなるべく短い言葉で言うことだ。こう言われたら、相手は何と思うだろう、とは考える。でもそれほど不機嫌にさせないだろう、という感触を得て、言う。
 この判断は難しい。何しろ、相手は自分ではないからだ。が、ここは自分を信じるしかない。

 家のことを書けば、なにやら家人が、職場の人とケンカをしたらしい。もちろん暴力でなく、口ゲンカ。というより、「気まずくなった」「もう一緒にやりにくい」という関係になったらしい(想像だが)。
 ぼくも「あなたの元で働きたくありません!」と職場の上司に言い放って、職を辞したことがあるから、何も言えない。だが、ああ、自分が仕事を辞めた時、家人はこんな感じになったんだな、ということがわかる気がした。不安になったのだ。これから二人で無職か、という現実に。(正確には現実でなく近未来である)

 まぁどうにかなるだろうから、いいのだけれど、いろいろ考えることになる。病んでまで職場になんか行ってほしくない。週3くらいのパートだし、その人がいない時もあるし、家から近いし、ハタから見れば「自然な木々に囲まれたイイ職場じゃん、チョット我慢すれば…」などと思ってしまう。自分だったら、絶対そんなガマン、できないのに。
 しかし、とにかく第一は、健康である。たかが仕事(失礼)のために、気を病み、また身体が病んでは、それは一番いけないことだ。

「思い込みの魔力」がある。これはほんとに「魔」で、良くも悪くも一つの思いに捉われると、もう脇目がふれなくなってしまう。
 昨日の脚本家の話を聞いていても思ったが、句読点がなくなるのだ。、や 。は一呼吸置くようなもので、この「間」に、余裕のようなもの、客観的になれる「間」が生まれる気がする。本人も、息継ぎができる。聞いているほうも、落ち着ける。
 この「間」から、自由が生まれる感じがする。何も言わない空白は、相手を自由にさせる。無口な人の前では僕は雄弁になれるし、雄弁な人の前では無口になれる。
 ただし、その相手との関係が良好であればの話だ。もう戻れないほどの険悪な関係になったら、存在どうしが苦痛になってしまう。

 結局、何かを信じるしかないのだろう。もしくは、何も信じない。(信じないということを信じる)
 そしてそんな両極でなく、第三の場所、何も考えないでいられるような、ほっこり揺らめくことのできる場所が、どこかにあればいいのだが。
 人と人との間の、どこかに。
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