第46話 浮かぶこと、まにまに

文字数 1,371文字

 ここ半年間くらいのあいだに、町のなかで印象に残ったこと。
 八百屋の前で、老人が転倒しそうになった。その店先の舗装された道は、雨水が流れやすいように、ほとんど穴ぼこのようになっている箇所がある。そこに足をとらわれて、よろめいたのだった。そこへ、すぐ横を通りがかった女性が、ガシッ!と老人を受け止め、転倒を防いだ。
 ほかにも通行人がいて、「すごいなあ、あんた」みたいに言われ、「介護の仕事してるんで」というようなことを女性は笑って言って、立ち去った。

 ある曲がり角では、老女が転んだようで、女子学生(近くに女子大があるのだ)が、大丈夫ですか、と数人、老女に心配そうに声を。
 商店街では、自転車でこけてしまったような老人が、やはり通行人からのたすけを借り、起き上がって礼を言い。
 ある日には、スーパーマーケットの中で老女が転んでしまったようだった。「危ない!」、声が聞こえて、そっちを見ると老女が床に座り込んでいて。
 まわりに、四、五人の人だかり。あ、おばあちゃん、立っている人たちに取り囲まれて、…なんだか、とても、ひとりぽっちに見えた。おばあちゃんが、低い壁みたいになっている仕切り板をたよりに、立ち上がろうとしていたので、思わず、咄嗟に手助けしようとしてしまった。といっても、ただ手を握りしめることができただけだった。なかなか立ち上がれず、またちょこんと座り込んでしまったからだ。でも手を握りあっていたので、目の前に一緒に座り込んでいる見知らぬ人間にハッとしたようで、何となく気を取り直したみたいだった。
 クラッとしたらしい。立ち(くら)みだ。
 今店員さん呼んだから、とか、まわりから声が聞こえたけど、すっかり正座して座り込んで。
 大丈夫だろうと思って店を出るとき、べつの老女が立っていて、にやにやしなら「こけちゃったの?」と聞いていた。うん、クラーッてきちゃってねえ、と正座したまま応えるおばあちゃんの声を聞いて(そこは店の出入り口付近だった)、なんだかホッとして、微笑めた。その二人はきっと他人なのだけど、何か通じ合う、何か歳をとったものどうしにしか解りあえないようなものを、もっているように思えて、それが何か微笑ましく感じられて。

 よく思うのだけど、町のなかで、たとえば「売物件」とか借り手のつかない店舗スペースとかを、疲れた老人が少し休めるような、憩いの場にできないものか。
 話を飛ばせば、カナダではとにかく十年国内に住めば、年金が誰にでも均等に十万円、毎月支給されるそうだ。
 北欧では社会制度、税金もたくさん取られるけれど、そのぶんチャンと市民に、医療や年金、教育等々のことで「目に見える」かたちで還元されているらしい。だからいくら税金が高くても、文句はいわれない。

「スーパー難民」、スーパーマーケットが地域からなくなって、買い物に苦労する高齢者も少なくないと聞く。
 子どもが、子どもが、と、子どもばかりをだいじにとらえるような風潮もあるけれど、その子どもが、「トシをとったらいいことがない」なんて思わないように、そんな社会みたいなものになれば、などと思ってしまう。
 そもそも、おとなに何となく元気がないのに、こどもに元気で健やかであれ、なんて、ぼくには言えない。
 とにかく今日も暑い。ほかにも浮かんだことがあったけど、消えてしまった。
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