第146話 年齢について

文字数 1,286文字

「なにも、出生届なんて出さなくていいんだよ」
「それでは、年齢が分からなくなるではないか」
「いいんだよ、トシなんて分からなくて。プロ野球で活躍し、DeNAの監督にもなったラミちゃんは、正確な年齢が分からないらしい。ベネズエラでは、そんな届け出に細かくないのか、でもロッテにいて、また大リーグに戻ったフランコって選手も、確か年齢が分からなかったはずだ」
「でも、ここは日本だから」
「だからって、画一にしなくてもいいと思うよ。年齢を意識しないことで、生涯トシを取らなかった人がいる。知らないんだから、取りようがない。病は気から、というけれど、歳は頭から、だよ。ああ何歳になった、ああ何歳になった、と嘆くから、自然、身体も頭に追従して、衰えてしまうんだ。自分から、老いに拍車をかけるようなものだ。いつ生まれたかなんて、知らなくていいのさ」
「履歴書書くとき、どうするね?」
「ひどい、やりすぎな、明らかにどこかに迷惑がいくような、そんな嘘でない、可愛い嘘ならいいんじゃないか。がんばって、まじめに、よく働けば、履歴書なんかより大切な人材、となるだろう」

「きみは50代か。半端な年齢だな。シルバーでもなく、もちろん若くもない。ところで、もう90だ、と笑顔で言って、残りの人生を愉しもうとしている、素敵な老人もいるよ。一概に、年齢不詳がヨシ、というのも、どうかと思うが」
「うん。要は、その人なりのフロム・エー、その人なりに時間をやり過ごせばいいのさ。ただ年齢を意識して、その枠に自らハマッてぎゅうぎゅうしちゃうのが、残念だと思うね。きみがいつも言う、借り物のフレームから始まってしまう、自分の足からでない歩行態度だ。トシに相応しく、でなく、マイペースで行くことが、ほんとに肝心だと思うよ」
「まったく、人それぞれだからなあ、感じ方も、年の取り方も。で、きみはどうするつもりかね」
「特にどうということもない。ぼくの理想はね、枯れ木のようになることさ。何をしてもね、イイことなんて、滅多にないんだよ。イイというのは、身体にとっても、心にとってもね。ギターを弾く人も、足を組んで腰に悪いし、バイオリン奏者はずっとアゴに挟んで、首に悪い。ピアニストも、ひどく猫背だ。背中、腰、首、身体のセンターラインが(いびつ)になると、心身全体によくないよ。でも、それが生きるってことだから。
 何も思わず考えず、無為のまま、自分が存在していることさえ忘れられる、そんな、存在していないように存在している存在。生きているのか、死んでいるのか、分からないような存在。そうあることが、理想だな。何もしないで、いたいものだ」

「しかし、生きてる以上、何かしてしまう…」
「そうそう。それも、ニンマリして、見ていたいね。何かする、それを、にんまりして… だって、笑わずにはいられないではないか」
「きみは時々、わけのわからないことを言う。そしてぼくは、きみが分からなくなる」
「たいしたことではないよ。たいしたことにしようとする、意味付けも、まったく、たいしたものではない。なんでもないことなんだよ」
「時が過ぎるね」
「うん、過ぎる、過ぎる」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み