第44話 暑い。

文字数 1,327文字

 しかし暑い。とにかく暑い。
 部屋にはエアコンがなく(居間と二階にはある)、扇風機はキライなので窓からの風まかせ。
 西日が当たってくると、かなりキツイ。
 ほんとに暑い。
 買い物に行けば、途中、おばあさんと子犬が散歩中。可愛い白い子犬が、何となく寄って来て、えへへ、とちょっと笑った(ぼくが)。
 おばあさんも、えへへ、と笑い、犬も元気。なんか、ヨカッタ。

 しかし暑い… もうセミが鳴いている。
 ホタルはいなくなってしまった。アジサイが咲くころ現れて、花の散るころ消えていく、といわれているらしい。あのホタルにもほんとに癒された。家の前の小川に青い光がゆらゆら飛んでいて、桜の木の枝にとまって、弱くなったり強くなったりして光を放って。
 家の玄関のとまって光っていたホタルもいて、下駄箱あたりがちょっと明るくなったりした。

 今は羽黒トンボの季節。ふわふわ舞うように飛ぶトンボで、なんとも微笑んでしまう、毎年。
 一匹二匹でなく、けっこういるので、十羽… 二十羽?(「匹」より「羽」がふさわしい)庭やら土手やらを人間が歩くと、そのたびに「舞う」のだ。
 ふだん彼らは地面や植物の葉の上にいて、羽を広げ、すぼめ、広げ、すぼめ、を繰り返している。ゆーっくりゆーっくり、何を考えているのか。でも、ほんとに可愛いのだ。

 だが、いいことばかりではない。小・ムカデさんが部屋を徘徊する時もあるし、いつのまにか大きくなったアシダカグモさんが壁にじっとしていたりして、このクモにはド肝を抜かれることになる。「サシムシ」(何てことのない、どこにでもいるような虫なのだが)が部屋にいて、その正体を知らなくて掌で覆い、外に出してやろうとしたら「ギー!」とかいって咬まれてしまった。毒性はないらしいが、しばらく咬まれた指がシビレ続け、あれはほんとに痛かった。

 しかしムカデさんもクモさんも、その容姿でずいぶんソンをしている。たぶんホントは、そんな悪いやつでない。
 サシムシも、突然人間の手が襲ってきて、びっくりして咬んだだけなのだ。
 でもかれらを発見した際は、ネスカフェ・エクセラの空ビンに入ってもらい、丁重に外へ出ていって頂くが…。(ヤモリも可愛いが、やはり部屋にはいてほしくない。窓辺に、外からビトッと張り付いていてほしい)

 何だかんだ、東京に生まれ育ったけれど、山とか雑草とか雑木とか、自然みたいなものに二十歳の頃から憧れていた。
 そう、雑草が鬱蒼と茂っているのを見ただけで、なんだかシアワセな気分になった。
 満員電車、駅の雑踏… これはオカシイ、と思いながら、予備校と大学に通い、── それからン十年が過ぎ、結局今、ここにいるんだと思う。
「なんで奈良にいるの?」と以前東京の友達に聞かれ、「いやあ、なんか、いるんですよ」と答えていた。
 特に強い意思があったわけでない。なりゆきのようなものと、いたたまれないようなものがあって、なんだか今ここにいる。
 いつも、どうしようもない流れの中にいることは自覚していた。それは、自分の中の流れだったと思う。だから後悔のしようもなく。
 でも後悔することこそ、意思なのかもしれない、と書いていて思った。
 まぁいいや。
 ゆっくり、行こまい(三河弁)。
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