第159話

文字数 1,873文字

 さて、しかしPCに向って何か書く時、投稿したら「見られる」ことを意識する。書いている時点で客体化される。そこで僕は、未知なる生物「ヒト」に対するかの如き態勢をとることになる。自己に向いながら他者に向かう、それが書くという行為であることは、以前も書いた。
 だが、何もそれはこれに限った話でなく、スーパーで他の客や店員と接する時、病院で医者や他の患者と接する時、電車の中で同じ震動に揺られている時、この書く行為と同じような現象が起きていると思われる。
 ひとりひとりがすれ違い、交じりあう。もっといえば、ひとり炬燵でミカンを食べている時だって、あの人は元気か、と想い出せば、ひとりの中でその人と接していることになる。
 ネットにしても動画にしても、必ずそこには人がいる。ネコしかいないとしても、そのネコを撮影した投稿者がいる。
 ひとりでいても、そこは炬燵の中であったとしても、頭の中はまるで炬燵におらず、ここではない空間に行っている。あたかも、それと接しているかのように。

 それと接する点。その接点が、特定の他者と自己とを接近遭遇させる。学校のクラスメイトだからとか、職場が同じだからとかいう接点でなく、そのときの自己が興味をもったもの、そのときの他者が興味をもったもの、ここから生まれる接点が、より一層、両者を近づかせる。
 出逢う場所はどこであれ、内からの関心、興味が、人と人をつなぎあわせる強固な紐帯となる。

 さて、そこで僕は、その接点をさがす。PCへ向かう、ひとりでいながら、その向こうにいるヒトとの接点を。
 この両者、読んでくれる人があればの話だが、自己と他者をつなぎとめるものをおもう時、その個々を立たせている世界をおもう。この世界がなければ、自他もへったくれもないからだ。
 そしてこの世といえば、この接点をおもう時、暗澹にも似た気持ちになる。なったからって、そこからは自己自身の問題だ。だが、ぼくひとりの問題とも思えない。
 こうなることはわかっていた。あの戦争が起こってから、きっと何を書こうとしてもこの「接点」のことが忘れられないだろう、これにフタをすることはできないだろうことを。何を書いても、きっと、虚しさばかりで、肝心な接点、戦争のことが結局大きく、自己を占めていくだろうと。

 これは、何か書こうとするからそうなるのではなく、何も書いていなかったイラク戦争の時も、そうなった。いつもの仕事をしながら、こんなことをしている場合じゃない、そればかりが確かに感じられて、しかしせいぜいデモに行くことぐらいしかできなかった。
 東日本大震災の時も、仕事をしているどころじゃない、と思った。といって、何をしたわけでもない。職場で募金を集め始めたので、そこにお金を入れただけだった。
 特に、何をしてきたわけでない。ただ気持ちが、ざわざわして、「こんなことをしている場合じゃない」と、それだけを感じるだけだった。何をしても、何か現実を生きている感じがしなかった。といって、ではどうしたらいいのか、まったくわからなかったのだ。
 心ここにあらずを地で行っている感じが、今もする。そしてこれについて、何か決定的なことは、何も書けないのだ。自分だけのことではないからだ。個人的なことを書いても、最後には、あの戦争のこと、この世に生きていることを思い、必ずきっと、焦りだす。

 だからといって、そして何もできないことも、また痛感したりする。
 こんな戦争のことに、あれこれ思いを巡らさず、そんなこと忘れさせる、楽しい物語を書けよ、その方がよっぽど、人のために!なるじゃないか、と思う時がある。つらい、くるしい気持ちなんか、何のためにもならないよ。
 でも、今まで、そういうものを避けてきたから、こういう「世」になったんじゃないかね。
 見るべきもの、直視すべきもの、その眼から入って、感じて、考える、そのつらさを、避けてきたから、こうなったんじゃないかね。
 これ以上、無責任になりたくない。そんな思いが、どうしても残る。

 もう、あの戦争が終わるまで、書きたくない(「戦争について考える」は書くけれど、きっと楽しく。なぜなら、ひとりでないから)、ということを書こうとして、この文章を書き始めた。
 あの「実は迎撃だった」報道も、あれがロシアからのものだったら、ほんとに大戦になってしまうから、それを避けるためのウソなんじゃないか、と勘繰ってしまうほど、ぼくは世界に対して疑心暗鬼だ。
 どうでもいいことを末尾に書いて、とりあえずの文を終わろう。
 今日は外を歩く。健康第一。
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