第101話 吉田秀和さんの時代

文字数 636文字

 NHK-FMで、毎週日曜日の朝、「名曲の楽しみ」という番組があった。
 吉田秀和さんが、もごもごと、独特の口調で話し、その放送は30年も続いていた。
 中でも、「モーツァルトの音楽と生涯」は17年続き、その数年を、吉田さんの穏やかな、そして誠実な話しぶりとともに、自分も楽しめた。
 YouTubeの「吉田秀和の生涯」的番組を視聴すれば、吉田さんがいかに微笑ましい人であったかが伝わってきて、じんわり効いてくる。
 一言でいって、こんな表現で申し訳ないが、アナログの人だったと思う。「アナログを楽しんでいた」というのが、正確なところか。

 いっぱい、レコードやCDを聴くのが仕事なのに、そのオーディオ機器には、特にこだわっていなかった。
 音質よりも、「本質」にこだわっていた。それを、聴こうとしていた。そして吉田さんには、それが聴こえていたのだと思う。
 何か、原稿だか、書いたものを整理するような時も、チューブの(のり)で、指でなぞって、丁寧に丁寧に手作業をしていた。
 そして楽しそうに言うのだ、「こういうのがね、いいんですよ」。

 穏やか。やさしさ。淡々。あったかさ、そんな言葉が、とりとめのない言葉が、吉田さんから滲み出て、吉田さんの身体のまわりをオーラみたいに包んでいる。
 物を、大切にする。あまりにシンプルだが、それが吉田さんという人の基本、人生の基本中の基本にあった、と感じられてならない。
 だから大切にできたのだ、音を、時間を、書くことを── まわりを、そして吉田さん自身を。
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