第296話 マモル君と

文字数 2,037文字

 私の姪の子どもちゃんは、来年幼稚園に入る。
 お通夜の食事会で初めて会って、甥の子どもちゃん達と一緒に私とも遊んでくれたマモル君だ。
 あれから約一ヵ月経って、こないだ四十九日のお寺でも会い、その翌日辺りにも会った。
 姪の住む家は私の実家から歩いて五分位の所にあり、よく遊びに来るとのこと。

 その日、叔父さん(姪からみての私)と兄(私の兄。マモル君からみればお祖父さん)のいる家に、お母さん(姪)と一緒にやって来たマモル君。
 もともとこの日、姪は用事があって、マモル君を小一時間ほど兄に預ける予定であったらしい。
 だが、慣れたジイジの家に、坊主頭のヘンなおじさんがいることに驚いたのか、マモル君は私を見るなり兄の膝に顔を埋めた。
 ムリもない、と思った。俺も通夜や葬式の時、知らない人ばかりでマイッタよ。
 その後も一向に顔を合わせようとしてくれないマモル君に、いささか悲しみを覚えながら私はひとり家事に勤しむ。
 昼食の準備ができ、みんなで食べる。四人でテーブルを囲むと、私がいるのにマモル君、顔を伏せることもなく自分のペースで食べていた。

 私の緊張がきわまる時間は昼食後に訪れた。姪は出掛け、さらに兄も出掛ける用事があるという。
 マモル君と私、ほとんど知らない者どうし、二人だけが家に残される状況になる。会話らしい会話も、まだマモル君としていない。
 不安になった私は、マモル君に念を押した。
「知らないオジサンと二人だけになるけどいいの?」
 三回位、念を押した。「ほんとにいいの?」
 するとマモル君は黙ってうなずいた。

 キッチンで、私が食事の用意をしながらジイジやお母さんと笑いながら話しているのを、マモル君は見ていたのだと思う。
 知らないオジサンだけど、なんかダイジョウブみたいだ… マモル君は、そう判断したのだと思う。

 それからというもの、まあ遊んだ遊んだ。ふたりでぐるぐる家の中を走り回ったりして、汗をかいた。
「俺、汗かいたから着替えに行っていい?」とマモル君に訊く。彼は、「いいよ」と言った。
 階段を上って、泊まらせてもらっている部屋でTシャツを脱いでいると、マモル君も上がってきた。ここ、お母さんの部屋だった、と教えてくれたりする。

 懐中電灯が気に入ったらしく、点けたり消したりを私の顔めがけてやってくる。そのたびに、うわあっ!と大袈裟にリアクションして倒れると、何やらマモル君、満足気。
 そのうち、自分の顔に向かってもし始めた。光線がかなり強い。
「ねえ、これ眼に悪いから、もう懐中電灯ナイナイしよう」言ってみる。
 だが、あっ、泣かれちゃうかなと不安がよぎった。で、
「懐中電灯、ナイナイしたいんだけど、ナイナイしたら泣く?」とまた念を押してみた。
「眼に悪いから、ナイナイしたいんだけど、ナイナイしたら泣く?」
 しばし考えていたマモル君、黙って懐中電灯、渡してくれた。

 そうこうするうち、兄が帰宅。なかよく遊ぶ二人を見て、「ミツル(私の本名)マジックですねえ。何したんですか」笑って言う。「いや、べつに何も。自然に」笑って返す。

 夕ご飯は姪の家に招かれ、カレーをご馳走になる。行く途中、マモル君、走り出す。私も一緒に走る。何やらマモル君、嬉しそう。
 が、下り坂に差し掛かった。彼のスピードが加速する。
「ねえねえ、ここで転んだら、マモル君、泣く? 転んで、うえーんって泣く?」
 私は一緒に走りながら、二、三度訊いてみた。するとマモル君、減速した。

 … 五日間、実家を拠点に、幼なじみのKちゃんと喫茶店で会ったり埼玉の義父母(私のパートナーの)の所へ行ったり、兄とも沢山話をした。亡くなった義姉の納骨に参列、その後の食事会でごきょうだいともずいぶん話ができた。
 それぞれに発見のある時間だったが、マモル君と一緒に過ごした時間が一番緊張し、また汗をかき、やり甲斐のある時間だったように思う。

 奈良に帰ってきて、ツレアイにマモル君と接した時間のことを話した。
 話すうちに、頭ごなしに親が『ダメッ!』と言い、わーんと泣き出す子どもの姿を、今まで町なかで印象的に見てきたことを思い出した。
 … こっちが正直に言って、こっちは不安から聞いていたんだけど、正直に話せば、子どもも考えてくれるんだなあ。頭ごなしに叱らないで、こっちも一緒に考えてさ。そりゃ納得できなかったら、泣くよなあ。
 自分の子どもにも、私はそんなふうに接していたことを思い出す。

 多分に自分が子どもっぽいことを私は自覚している。私はたぶん、年をとった子どもなのだ。子どもみたいな性質が多く残っているから、マモル君と同化するように遊べ、またマモル君が遊んでくれたのだとも思う。
 そんなオトナコドモである私が、世の立派な(・・・)大人たちへ、いきなりこんなことを言いたくなった。
 父親だから、母親だからという立場、いいシツケをしよう、イイ教育をしよう等々、「上から目線」でモノを言う前に──「子どもの意見を聞け大人どもよ、偉ぶるな
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