第14話 「平和ボケ」をつくるもの 

文字数 1,980文字

 平和ボケって、何だろう、平和であるからボケてしまうのか、ボケているから平和なのか、と、あまり正面切ってしない逡巡をした時がある。
 大江の「遅れてきた青年」と同様的な描写を、山川方夫の「煙突」という作品に見た。彼らはほぼ同世代で、すなわち戦争期に少年時代を過ごし、ともに「国のために死ぬ」ことを教育されてきた二人だ。
「死ぬべき生命」。しかもそれは「お国のため」というお墨付きの、いわば正当化された自死である。
 山川さんはその小説の中で、「

があった」と登場人物に言わせている。
 自分の生命が限られている。これを本当に知ること── が、「ハリ」のある生活をつくっていたのだろう、と僕は想像した。(それは異常な緊張を伴ったろうが、当時はそれが「普通」だったのだ)
 つまり僕は、生命に限りがあることは知っている、だが、

知ってはいない。その死、自分の生命が絶えることを、本当には知っていない。だからノウノウと、くだらんことで一喜一憂し、毎日を湯水のように浪費し、ただ「何となく」生きている、という仕儀になっている。
 と、一瞬思った。だが、それは、それこそ生命に対して、無礼な思考のように、一瞬後思った。
 生命を、まるで代償にして、自分の言い訳に利用しているように思えたからだ。

 生命に限りがあることを

知っていたとしても、僕はきっと他愛もないことに心奪われ、同じようにツマランと思えることに、感情を上下させたりしただろう。
 ただ、その同じ自分を、生命を限定することで、「愛せる」ような気はする。自分を愛せると、たとえばスーパーのレジで非礼な扱いを受けたとしても、その相手を愛そう、つまり許そう、という態度になれる気がする。
 この世界のすべてはいいのだ、と、世界を観じられる気がする。小石につまずいても、鳩のフンが頭に落っこちても、心から微笑めて、受け容れることができそうな気がする。
「自分はまだ死なないのだ」、この根拠のない確定をどこかでしているから、僕はこの確定に甘え、甘えることによって惰弱になれ、ツマランことを本気でツマランと思え、クダランことをクダランままに、つまり愛する・許すことができず、悶々と自己を閉ざすことができている気がする。
 が、… それも言い訳じみている。
 そもそも生命は生命以外の何でもなく、だから無垢なものだ。それが僕の感じる生命で、その生命を盾にしたり、何だかんだとリクツをつけて手垢で染めるのは、僕自身の仕業なのだ。生命についてとやかく言うのは、うまれたての赤ン坊、手つかずの朝をわざわざ汚す、下劣な行為に思える。

 といって、生命について考えないわけにはいかない。この生命があって、こんなことも夜中に書けているからだ。
 要するに、僕は不本意なんだろう。日々の生活、時間の過ごし方に、きっと不満があるのだ。自分自身への不満である。だが、何がどうなれば満足するのか、僕の本意は何であるのか、自分のことであるのに、本当には分かっていない。誤魔化しているのでなく、自分のほんとうの望み、こうなればすべてが all right!といったような、そんな究極の情態が、はたしてどのようなものなのか、まったく想像だにできないのだ。
 一瞬なら、あるだろう。
 その一瞬でよかったはずなのだが。
 二年後、五年後、十年後のことまで、漠として不安げに考えるようになってしまった。
 そしていつ自分が死ぬのか分からない。すると、何のために生きているのかな、と、特に考えないでもいいはずのものを、おもうことになる。
 そんな繰り返しで、やってきたと思う。
 大江と、山川さんが生きた、「死ぬための自分の生命」。戦争が終わって、その

が外れたような心情、解放、── 喪失感もあったろう。何のために、じゃあ、生きればいいのか。ぽっかり、空き地が残った心地もしただろうと想像する。

 人は、

しか、生きられないのか? 自分が生きてるだけじゃ、無内容で、不本意となるのか?… なるんだろうな。
 一つの欲望が終わったら、新しい欲望へ走るんだ。次々と、まるで無限に。しかもこの「限られた生命」の中で!
 ゼイタクにできてるよ、人間は。いや、俺は、と思う。
 漱石の言葉も思い出す。「吾輩」で云っていた、「そのうち人間は自殺するばかりになるよ」といったような予言。あれは、「死の限度」つまり生の限度を、自分で仕立てて繕わなければ、生命の価値もなくなってしまうよ、との意味だったかと曲解してしまう。

 しかし、… 平和ボケ、といわれて久しかったが、「そのボケをつくるのは、夫々の生命の

、まるで自分の死が他人事のように思える、『身近に感じられない自分の死』にあるのではないか」と僕は言いたかったのだ。
 そのつもりで書き始めたはずのだが… 何だか、わからなくなってきた。
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