第164話 一日一善?

文字数 1,215文字

 とにかく料理はしなければいけないので、スーパーにはほとんど毎日行っている。
 片道20分ほど。道すがら、そして店内で、人と交じりあう。
 商店街で、手押し車が電柱の前で立ち往生している。イヤな予感がしつつも、大丈夫ですかと声を掛ければ、老紳士の横には奥様と思しき老婦人がいて(他人どうしに見えた)、「あ、大丈夫です、ありがとう」。辞儀をして歩きだしたら、「ありがとう!」と老紳士。嬉しそうな様子で、こっちも嬉しくなる。
 いつかは、小雨の中、重そうな買い物袋を両手に歩いている老婦人がいて、声をかけてしまう。すんませんな、すぐそこだから、と言われて一緒に歩いたが、すごい重さだった。二、三日、腰がおかしくなった。
 またいつかは、「蛍光灯を代えてほしい」と声をかけられ、店に入って手伝ったはいいが、二メートルくらいある蛍光灯で、脚立に乗っての大変な作業になった。
 だから、何か困っていそうなご老人に声をかけるのは、ある種の覚悟が要る。しかし、やはり見過ごすわけにもいかない。そういう運命なのだと思っている。

 この頃は、それほどつらい思いはしていない。
 スーパーのレジ会計後、袋づめするテーブルに、ぐるぐる巻かれた自由に取れる薄ビニール袋がある。小さなスポンジに水を湿らせたお皿もあって、その袋が開けにくい時、指をそれで湿らせるのだ。女性の場合、男性より指が乾燥しているらしい。
 横にいた婦人が、なかなか薄ビニールが開けられない。スポンジも乾いていたのかもしれない。見かねて、こっちにあったロールから袋を取って、開いて渡した。よかったらどうぞ。あら!すみません、ありがとう! かなり嬉しがられた。
 また別の婦人が、卵を1パック、忘れたまま歩きだそうとした。あ、卵…。え?ああ!ありがとう、あらー、いい人と巡り会えた、などと言われた。こっちも笑うしかない。

 スーパーにはご老人が少なくない。店内はエレベーターがあって、エスカレーターで昇り、エレベーターで降りるのが多くの客の動線になっている。で、やはりカートを使う人が多いので、「開く」ボタンを押し続けるのが自分の義務のようになってしまう。先日は、どうぞ、すみません、のやりとりの後、その婦人が外にある「開く」ボタンをずっと押し続けてくれた。こっちはカートを使わないから、スッと出られるのだが、その心遣いが嬉しかった。ふたりで、ありがとうございますを言い合って、笑ったりした。
 こんな「交わり」、「交わし」が、楽しかったりする今日この頃。
 しかし老いるということに、いささか怖さも芽生えている。きっと加齢臭なんかも出てくるだろうし、頻尿にもなりつつあるし、何か人様に、気づかぬうちに迷惑をかけるような事態になることが怖い。歳を取る前に、死んでしまいたいなぁとも思う。
 これも運命。「自然」と「運命」は同義語だ。自然に任せる、なるようになると身を任せること。ソンナ人間ニ ワタシハ ナリタイ。
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