第151話

文字数 1,907文字

 一日、パソコンを開かないというのは、ふしぎに新鮮だった。
 年に二、三回、埼玉の、ツレアイの実家に三泊四日する以外、毎日毎日、朝起きればまずPCの電源を入れ、何か書くことが習慣になっていたからだ。
 きのうも、何度か、その誘惑に駆られた。一日、基本的にひとりでいる時間が多いので、ご飯を食べる時もPCでニュースなどを見ながら食べていた。
 だが、「今日はインターネットをしない!」と決めたのだ。朝から、何となくソワソワした。
 家人も、昨日はパートが休みだったので、いろいろ話をしたり(最近の話題はもっぱらラジオで印象に残った話を彼女に聞かせること)、味噌汁を作ったりキノコご飯を炊いたりする。
 台所で「昨日、職場でイヤなことがあった」という話を聞き、あれこれと、彼女を励ませるようなことを、言ったつもりになる。
 ひとを、励ますようなことを言うと、自分を励ましているような気になって、ぼくの方が元気になってしまった。
 それからひとり、庭で、夏に切った枝葉の整理をしたり、窓の外に取り付けてあった

を外したりして、あっというまに午後。

「今日はネットをしない」と決めたのだから、貫徹したい。書きたいこと、書きたい欲求が、しかし出てくる。あ、コレ、書きたい!と頭の中に想念が出てきても、やり過ごす。そういう時、メモをして、あとでゆっくり創作する人もいたらしいが、自分の場合、メモなんかするとそれで終わってしまう。一時期、やろうとして、実際ちょっとだけやったが、メモをとるそばから、「その時」の想いが「過去」になっていくのが実感せられて、メモりながら興ざめした。
「その時」は「その時」だけのもので、先へ伸ばしてみても、「その時」は、もういない。
 あの時、どんな想いだったろう、と、メモを見返しても、それはもうその時で終わっている。ほじくり返しても、ほじくり返す「今」、今その時の「今」が、今度は追いやられ、追いやることになる。
 瞬間瞬間に、いろんな想念が頭をめぐっても、その想念はそのとき限りのもの。書く時間になって、そのとき残っているもの、それがホントのように思うし、そのとき何も書けなかったら、仕方がないと思う。

 日が沈んで、夕ご飯にラーメンを作り、それからひとりで自室、MDラジカセで歌を聴きながら歌を歌った。炬燵の上にあるPCは真っ暗なまま。座椅子にもたれながら、口調をハッキリさせて歌を歌う。カラオケなんか何年も行っていないから、久しぶりにチャンと声を出して歌った。もちろん、近所迷惑にならぬ音量で。
 フスマを閉めていたけど、家人が風呂を沸かしに来たりする気配がすると、ドキッとして小声で歌った。
 寝る前に風呂の中でまた歌うと、滑舌と声が良くなった気がして、口のまわりの筋肉も喜んでいるようだった。

 そして寝床に入り、ラジオを聞く。松山千春がDJをしていた。原発推進の話をしていて、失望する。火力発電はCО²を出すし、資源もなくなる。水力や風力、太陽光発電では、足りない。何百年後と考えた時に、原子力しかないでしょう。フクシマのこともあるし、人間が処理できないものを出す、危ないのは分かっています、と前置きをした上で、そんなことを言っていた。

 しかし… その「何百年後」の未来そのものが、原発、原子力によって、失われることに、なりかねないんだよ。そう思わずにはいられなかった。

 鳥取だか島根は、県が財政難であるらしい。で、来年の三月までに、原発を再稼働させるために、その同意を得るために、原発のある県に何十億、隣接する県には何億円だかを支給するという法案(改正案、といっていた)が通った、というニュースを一昨日聞いた。
 これ、買収じゃないか。
 財政難の弱みにつけ込んで。

 やるせない気分になった。

 なるべく電気を使わないようにする… そんなことしか、できないだろうか。
 うちは貯金を切り崩して生活しているから(老後のことなんか目も当てられない)、必然的に節約をこころがけることになっている。
 お金は、欲しいと思う。でも、原発のために、そんなお金を絶対もらいたくない。信念のない、ボーフラみたいな僕の、唯一の、情けない「絶対」だ。
 もしかして、近隣に住む人たちにも、お金が行っているのかなと思う。でも、それは… 授受、するもしないも、自由だ。

 環境、壊すのは簡単だけど、戻すのは、とんでもない時間がかかるだろうと思う。
 戻る、というより、変化。進化ではなく、もちろん退化でもなく、変化して、変えてく、変わってく方向は… まわりに求めるでなく、ジブン、ひとりの問題だよな、結局、と、また、なけなしのジブンへ帰っていく。
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