第114話

文字数 474文字

 こんな話がある。
 ある認知症の老人と、彼は散歩に出かけた。家にずっとこもっているのは、よくないだろうと思って。
 だが、道行く途中から、彼は老人の歩行が不安になった。
 で、手をつないで歩くことにした。手をつながないと、彼自身が不安だったからだ。
 しばらく二人、手をつないで歩いた。
 だが、ちょっとした下り坂のところで、老人は転倒し、頭を打って死んでしまった。
 
 彼は、散歩に出かけたことを悔やんだ。身悶えし、狂おしいほどに悔やんだ。
 だがその悔恨は、まちがっていた。
 老人は、彼と手をつないでいたために、バランスを崩し、転倒したのが事実なのだ。
 そして彼は、そのことに目もくれようとしなかった。
 老人は、自分で歩く力があったのに、彼はそれだと不安であったために、手をつないだ。
 それについて、彼は「まちがっていない」と主張し、世間も同情した。
 だが老人の死を誘発した、事の真相は、彼の「不安」だったのだ。

 これは何も、老人と彼に限った話ではない。
 恋人どうし、夫婦どうし、親子どうし、友人どうし── あらゆる関係という関係に、起こりうることである。
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