第97話 フルトヴェングラーのドン・ジョヴァンニ

文字数 1,206文字

 素晴らしい、ほんとに素晴らしい。
 眼を休める時、このYouTubeばかりを聴いている。
 序曲も素晴らしいし、レポレロも素晴らしい。繊細で、大胆で、…こんなにオペラって楽しかったっけ、と思う。
 役者さんは、大変なエネルギーだ。あれだけの声を出し、演技をして…。
 ドンナ・エルヴィーラ役の女性が好きだ。低音になった時の声、そしてエルヴィーラ自身、このオペラのヒロインだと思う。
 ドンナ・アンナも好きだが、ドン・オッターヴィオの生真面目さが滑稽で、好ましい。結局、セックスしたいだけなのだが、ラストの場面でも「あと一年、待って下さい」と言われてしまう。そして「愛するひとの望みに従いましょう」である。
「復讐して下さい」と誓いを求められる場面が二回あるが、あとのほうは、オッターヴィオは後ろ姿で演技をしている。
 エルヴィーラがこちらを向いて、「あなたの正義の心が弱まる時は」などと言って、「その時は!」などと脅しをかけられるが、そのたびにオッターヴィオはいちいちかしこまっている。
 その、繊細な「かしこまり」、背筋を伸ばしたり、ちょっと手を上げたりの、こまかな動きが、後ろ姿でチャンと分かる。
 しかし、オッターヴィオはとにかくアンナを抱きたくて仕方ないのだ。

 すべてが大好きなこのドン・ジョヴァンニだが、やはりレポレロの存在は大きい。
 キルケゴールは、「レポレロはドン・ジョヴァンニの分身」と言っているが、ほんとにそうだ。そしてこの舞台でレポレロを演じている役者さんは、まさにそれを本当にうまく演じている。
「このオペラ全体に聞こえてくるのは、ドン・ジョヴァンニの嘲笑である」とキルケゴールは言う。そう、そうなのだ。彼だけが悪党なのではない。オッターヴィオ、ツェルリーナ、お前ら人間ども、自分をよく省みるがいい、とでも言いたげに、ドン・ジョヴァンニはあの世から笑っているだろう。

 新解釈とも言える現代的なドン・ジョヴァンニは、やはり全体的に軽い。スピード感はあるが、重厚さが無い。場あたり的で、丁寧さがない。
 でも、あのパンツ一丁になって、歓喜のように踊る、死んでいるはずのドン・ジョヴァンニは凄かった。あのラストは、何回見てもいい。
 ただ、ちょっと品がないように思える。そのガサツさ、場末さがいいと言えばいいのだけれど…。役者さんの腕や胸にあるタトゥーは、ドン・ジョヴァンニの「刻印」だと思う。

 しかし本当に良いオペラ、善作を観れてよかった。
 あの騎士長の石像との対決…「審判」、「けっして悔い改めない!」と胸を張るドン・ジョヴァンニ。
 亡霊たちに、地獄の底へ引きずり込まれていくドン・ジョヴァンニ…まったく、何回聴いても、鳥肌が立ち、涙ぐむ。
 すべての歌も素晴らしいし、ほんとうに素晴らしい舞台だったと思う。
 ツェルリーナの存在、役者さんはともあれ(この役者さんも素晴らしいと思う)、ツェルリーナは、やっぱり可愛い。
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